是枝裕和監督の『怪物』を観る

 カンヌ国際映画祭の授賞式をテレビで見て以来、是枝監督の『怪物』を見ようと思っていた。

 よく行く最寄り駅のひとつ、二子玉川にある映画館で上映中であることを確かめ、朝方チケットを予約した。お昼過ぎからの上映回である。

 サンドイッチを軽くつまんででかけた。この映画館はわりとよく利用している。といっても年に数回、映画を見ればいいほうなのでそんなには来ていないが、二子玉川がわたしにとって馴染み深い街なので落ち着いて映画を鑑賞できるように思う。

 映画音楽は故人となられた坂本龍一氏の手になるものだ。

 脚本賞をとったから言うわけではないが、見事な構成で語られている。小学生の男の子を持つ母親(安藤サクラ)、その子ども、学校の友だちの男の子、その学校の担任の教師と校長(田中裕子)、関係者それぞれの視点、立場で同じ物語が語られる。物語の起点は登場人物たちが暮らす街にあるマンションの火災で、その夜からそれぞれの支点で物語が進む。

 同じ物語が別の主体の視点で語られるとこれ程違うものかという驚きはあるが、自明のことと言えるし体験的にわかる。ただ、これを映画に表現するのは難度が高いにもかかわらず、とてもなめらかに、実に見事に実現させている。

 主人公と思われる少年が隣のベランダにいる校長とベランダで話す場面がある。少年は嘘をついていると言う、自分の担任の先生についての嘘、自分の心についての嘘を言う。校長はわたしもついていると言う。この場面から物語は動く。

 少年は自分のこころについた嘘を解き放つ。物語の展開に気持ちを奪われ、坂本龍一氏の音楽はあまり耳に入って来なかったがラストになり、美しいピアノ曲がすばらしく響いてきた。心の中にひとつひとつ置かれていく宝物のような音楽である。是枝監督の映像とともに忘れがたいシーンだ。