近所の学校内にあるさくらカフェに行った

 日中は陽ざしも出て、風もなく穏やかな一日だった。

 お昼近く、近所の特別支援学校に足を運んだ。コロナ禍になる前は1週間に二度くらい通ったことがある。校内に売店が設けられたり、小さなカフェがある。

 今日も学校内の菜園で収穫した大根や、生徒さんたちの手作りの焼き物、お菓子などを売っていた。大根を一本、唐辛子を一袋買ってから、校内にあるカフェに行った。

 このカフェは授業の一環として教師の指導のもとに生徒さんたちがお客さんの注文を受けたり、飲み物を作ったり、運んだりする。

 外にもテーブルと椅子が置かれ、そこに三人の先客がいた。わたしは中に入って、珈琲を注文。手作りのパウンドケーキを一つ買った。

 四人席にひとりで座っていると、マスクをかけた若い女性が入ってきて珈琲を注文するが遠慮して立ったまま珈琲を飲んでいる。相席しませんかと声をかけると向かい席に座った。話しかけるとこの学校の卒業生さんで、在学中はこのカフェで授業を受けたそうだ。昨年の春、卒業して社会人として仕事をしているが母校がなつかしくなったのだろう。

 その女性はバックから小さな油絵を取り出して、カフェにした知り合いの女性に見せているのでわたしにも見せてくださいと言い、見せてもらった。弟さんを描いた絵のようだ。素敵な絵ですね。ありがとう。また描いたら見せてくださいねと返した。

 近所の友だちにさくらカフェが営業していることと葉つき大根を売っていることをメールで知らせたので、電話がかかってきた。店のなかでしばらく話した。友だちはカフェに来たいみたいだったがあいにくあと10分ほどで営業が終わることを伝え、つぎにカフェが開くのは5月と聞いたのでそれを伝えた。

 昨年の12月ころから営業をはじめたと聞いていたカフェだが、やっと足を運ぶことができた。

 このカフェは柴犬レオが死んだあと来るようになり、老犬ももこがいる頃にも時たま訪れたことがあり、なつかしい思い出がある。特にももこと結びついている思い出が、、、。

 家に帰り、奈良の旅行について新幹線などの乗り物の時刻を調べているとふと疲れをおぼえた。

 これはいけないと思い、布団を敷いて横になった。あまり眠った感じはないが、こころとからだを休めることができた。

 起きてテレビをつけると大谷翔平選手が結婚したと報じられていた!やはり、そうなのか。犬を飼ったころから何となくそんな感じがした。結婚が近いのでは、と。

 おめでとうございます!

 こうなると昨年の前半、大谷翔平選手が出る試合を見続けたことがいい思い出になる。メジャーリーグの夕方からの試合は日本時間の朝になるので、毎朝のように見ていた時期があり、朝から元気をもらった。ほんとうにありがとう。2023年は忘れられない一年になりそうです。

 もちろん、今年もテレビを見て応援をするつもりだが、昨年はわたしにとって特別な一年だったのです。

 これかれもずっと応援するけれど。

青紫色のクロッカスが咲いた

 例年、この時期に咲く青紫色のクロッカス。

 今年はあたたかい冬だったにも関わらず、開花が少し遅くなり、花の数も少なめだ。

 いつもはぎっしりと花がひしめくように咲くのに、ことしはぽつぽつと咲いてる。それでもこの色のクロッカスを庭に見ると、春が来たんだという思いを強くする。

 黄色や白い色のクロッカスはなんど植えても増えずに、いつの間にか消えてしまうのに、この青紫色のクロッカスだけは柴犬レオがいた頃(11年以上前)、父母がいた頃(16年以上前)にも咲いていた。レオがいる頃咲いていたクロッカスはそのまま同じところにこの春も芽を出した。父母がいた頃となるとかなり昔で記憶があいまいになっている。

 25日、26日、27日と三日続けて外出したためか、疲れがたまっている。午前中、鏡で見た顔に赤い斑点が出ていて、やはりそうかと思った。顔の赤みは夜に出ることが多いが、朝出るのはかなりストレスがたまっているようだ。

 そんなわけで買い物にも行かず、ずっと家にいた。

 昨日の歌会の仲間のひとりに電話をして、歌会のこと、他の仲間たちについて話した。この仲間が歌会をひと月一回の開催にしないかと昨日提案した。この仲間が席をはずしているときに、別の仲間が月一回にするならにするならやめる、二回なら続けると強い口調で言ったのだ。今日の電話ではしばらくはこのまま続けようかと言う話になった。

 水耕栽培のヒヤシンスやムスカリ、ドラセナなどの観葉植物と午前中は陽ざしがたっぷりの廊下で日なたぼっこをした。

 昼食後は布団を敷いて横になったがほとんど眠らなかった。

 起きてパソコンに向かい、午前中に詠んだ短歌をワードに打ち込んだ。3月1日必着の明治神宮に送る1首を葉書を書いて投函した。

 今年になってから過ぎた二か月を振り返った。1月末頃、かなり精神的に辛い時期があり、そこからどのように回復して来たのか(回復しているのか)に思いを巡らした。

友だちと言い争いをしたが、お互いに感情的になったことをあやまり、同じように関りは続いている。振り返るほどのことではないかもしれないが、わたしのどこかが変わったような気もする。定かではないが。

 

わりと日当たりのいいところに植わっているクロッカス、他にも同じ色のクロッカスの群れが2つあるがこちらは一つも花が咲いていない

こちらは広い花壇の隅に咲いている同じ色のクロッカスだが色がうすい

クリスマスローズはこの色しか咲かない。

赤と白の絞りの椿

水耕栽培の白いヒヤシンスとムスカリ

観葉植物も日なたぼっこの仲間入り







 

強風の日、武蔵小杉の歌会へ

朝から風が強い。しかも冷たい風である。

 午後から武蔵小杉で歌会があるので、午前中はその準備をした。3月の歌会は一回休むつもりなので、2回分の短歌6首を最近詠んだ歌から選んだ、

 200字詰めの原稿用紙2枚に3首づつ書いて、自分で宛名を書いた封筒2つにおさめた。

 今日の歌会に全員で提出した短歌19首から5首選んだ。これで準備は終わり。

 歌会は今日も休む人が2名いて、5名でひらいた。わたしの短歌は自分ではあまりいいと思わない短歌がわりと評判がよく、浮かない気持ちになった。

ハンサムな医師か出てくる短歌を詠んだ人がいて、仲間のひとりが

だからどうだつていうの、と感想を洩らした。

 医師のことを詠った短歌だが、医師ということばがなく、仲間内にはわかる短歌なので、その点を指摘したひともいた。

 歌会の途中、参加者が少ないので、月に1回の開催にしてはどうかという提案があった。仲間のひとりが2回開催なら続けるが、1回開催になったら歌会をやめると言い出した。そうなるとますます人数が少なくなるので、回数をへらす案はうやむやになった。

 1回にしたらというひとと、1回にしたらやめるというひとと。さて、どうしたものだろう、

 わたしはどちらでもいい。1回でも2回でも、やめてしまっても。

 本音を言えば、新しい中間と新しい歌会ができれば、という気持ちがある。だが、新しい中間と気持ちよく、刺激をお互いに与えつつ、歌会ができるか。そんな仲間がいるかどうか。そんな歌会があるかどうか。今のところ未知の世界である。

新橋にある奈良まほろば館に行った

 真っ青な空がひろがり、雲もほとんどない。北風が強く、まだ二月なのだと思わせる。春みたいにあたたかい二月よりこちらのほうが、らしくて安心感があるが、そうなるとあたたかい春にこがれる。人間は贅沢な生き物だ。

 3月の半ばに奈良にでも行きたいなとずっと思っていた。

 大体の旅のアウトラインは描いているが、さらにイメージをふくらませつつ、より具体化したスケジュールに落とし込みたいと思い、奈良のまほろば館に脚を運んだ。

 JR新橋駅銀座口から歩いて4~5分くらい。二度目だが少し迷った。銀座口に行くのに迷い、銀座口を出てから左右どちらに行くのか迷った。だが大きな通りに出るとすぐわかり、そこからはスムーズに行けた。

 観光案内のコーナーはあいにく誰もいなくて、「10分ほどお待ちください」と書かれたものがある。奈良の特産品を並べた棚を見ていると係の方がパンフレット抱えて戻ってきた。

 だいたいの日程を伝え、泊まる所はJR線天理駅のビジネスホテルの予定であると伝え、これだけは見たいところを伝えた。

 二泊三日を基本として、一日目にいちばんみたい所(興福寺)に行くことにした。二日目は山の辺の道を歩くことにした。法隆寺のある斑鳩にも憧れるが、天理に泊まると斑鳩に足を伸ばすのは大変なようだ。

 あまり欲張っても体力的な問題があるので、そこそこのスケジュールにしよう。

 この前いただいたパンフレット類に加え、今日はいろいろパンフレットを受け取った。奈良市は循環バスがめぐっているので、これを利用すると効率的に刊行ができるようだ。あまり混み合っていないといいが。なにしろ、人が多いところが嫌いなのだ。

 まほろば館を出て、銀座方向へ歩いた。

 グーグルで調べものをしているとき、偶然、石川啄木の歌碑が銀座6丁目にあることを知った。この機会に見てみたいと思い、6丁目をめざした。歩道に地図があり、そこからすぐのところだった。並木通りにある。

「京橋の瀧山町の

 新聞社

 灯ともるころのいそがしさかな」 啄木

歌碑の前にはロレックスの店舗があり、もし啄木が現代に生きていたらロレックスの時計を好んだらうかと思った。

 さらに歩いて日比谷に出て、日比谷ミッドタウンの化粧品コーナーで口紅を試してみた。ここはわたしのお気に入りの場所だ。

雨の日曜日、明治神宮の月次歌会へ

 朝から冷たい雨が降る。

 朝目覚めたのは9時少し前。10時頃には家を出たかったので、あわてて起きた。

 いつもとは違っててきぱきと朝ごはん、歯磨き、洗顔、化粧、着替えなどをこなした。

 10時過ぎに家を出て、11時少し過ぎに明治神宮に着いた。

 今日の講師は歌人の森山晴美さん。当座は「雪』である。この歌会に40名の方が参加した。

 原稿用紙を持っていくのを忘れたので、歌会の資料の片隅を使ったり、ラインのキープメモで短歌を作った。いろいろな雪の場面を思い浮かべて、5~6首作り、そのうちの一首を提出した。

 

提出したのは

大雪の予報に夜の歌会が中止となればひと日雪待つ

 

こんな歌も作った。

窓辺より眺める柿の木ぬれ光る黒き枝には雪をのせをり

道端に凍れる雪を長靴で踏み砕く子を父が見守る

道端の雪をまるめて蹴りながら小学生の登校楽し

雪かぶる黄色のビオラうすものの衣まとひて朝日をあびる

 

 歌会で久しぶりに練りきりの和菓子が供された。くろもじということばを聞くのも久しぶり、和菓子の名前は「ここはどこ?」だったかな。度忘れした。

 

 今日はわたしの誕生日なので、いつもと違うことをいくつかしてみた。歌会の席で他の方に声をかけるようにしたことが一つ。歌会の帰りのルートを変えて、渋谷に出た。

 歌会からの帰り、友だちからの誕生祝いのメールが届いているのに気づいた。わたしの好きな写真家の言葉を教えてくれた。写真家は未熟ではいけないし、円熟してもいけない、半熟であるべし、みたいなことばだ。

 家に帰り、夜になって友だちからハッピーバースディのラインが届いたので、しばらくやりとりした。

梅が満開近くになった

 冷たい雨が降る数日を経て、青空がひろがった。

 雨の庭を歩きながら、梅が咲き始めたのを見てた。早く咲いた花は花びらを散らすものもあり、早く晴れてた空のもとで花を見たいと願っていた。

 晴れただけで鬱の6割くらいは消えたようだ。青空のもとに見る花は心を浮き立たせたり、うつを和らげる力がある。

 思い立って、長い間借りっぱなしになっていた本を車で図書館に返しに行った。一冊返す本を持って行くのを忘れたのに気づいたのは図書館に着いてからだ。あとで郵送することにした。

 この図書館で歌集をよく借りて読んだが、一度リセットしようかと考えた。ひと月かふた月ほど、本を借りない時間を作ってみたい。その代り、図書館にこちらから行くことにしよう。

 いままで継続を当たりまえと思っていたことを見直すのも悪くない。見直してまた始めることもできる。

 図書館で本を返してから、短いドライブをした。駒沢オリンピック公園をめざして、ぐるりと回って帰って来るコースだ。車を運転しながらいろいろなことを思い出した。

 三年前、九品仏という街に住んでいた友だちと駅前にあるイタリア・レストランに行ったこ。この駅はわたしの最寄り駅の一つだが、夜になりレストランへの道を迷ってしまい、友だちが迎えに来てくれた。線路の近くで電車が通ると二階の席が揺れた。向かい席に座る友だちの顔がとても深刻な表情を浮かべているのに気づき、内心驚いたことも思い出した。もちろん、そういう表情は長い時間ではなく、食事をしながらおだやかに談笑する時間がほとんどだった。

 さらに車を進め、駒沢オリンピック公園の中を走る道路に出た。この公園にはなんども柴犬レオを連れて来たことがある。死んでからはレオを偲んでひとりで何度も来た。老犬ももことはいちどだけこの公園を訪れた。いちどだけ、というのもかけがえのない思い出になっている。

 さらに車が進み、目黒区の図書館がある一角を通り過ぎる時、柴犬レオを思い出した。地下に駐車場があり、図書館に本を返しに来た時、レオが一緒に来たこともあった。図書館で用事をすませ、車に戻ってからレオを連れ出し、広い敷地を散歩したことが何回かあった。敷地内にはレストランやカフェもあり、犬が一緒に入れる店もあって、二回レオといっしょに入った。

 思い出を綴りながら車を運転し、家へと向かった。

 車を駐車場に入れて、玄関に向かうと紙袋が傘立てにかけられていた。中には一筆箋があり、「一日早いがお誕生日おめでとう」と書かれてあった。近所の友だちからの贈り物だ。

 さっそく、電話をかけてお礼の気持ちを伝え、しばらく話した。友だちはだいぶ前に被害者となった車の事故の後遺症がなかなかなおらないと訴えた。車の助手席に犬を乗せていた女性が犬に気をとられ、友だちの車のほうに寄せて来た。友だちは逃げ場がなく、車の運転手席側にぶつけられた。その時の衝撃で後遺症が出たようだ。事故当時はまったく痛みがなかったという。

 

花壇ではヒヤシンスの芽が伸びてきた

青紫色のクロッカス、そろそろ咲きそうだが晴れた日でないと咲かないので明日は無理かも

 

雨の中を散歩した

 そんなに強い雨ではないが、一日中、降ったり止んだりの天気だった。

 気温が下がって寒いが、2月らしさが戻ってきてかえってうれしい。

 エアコンの暖房と掘り炬燵のあたたかさで、眠くなる時間もあった。

 昨夜はまた変な夢を見た。知らない男の人が出て来て仲のよい友だちになっている。明日からインドに旅行に行くと言う。よければ今からでも行けるよと言われたがわたしはやめておくと応えた。インドの旅行は夢でも行けなかった。

 テレビ番組で奈良の山の辺の道を紹介していた。インドより奈良に行きたいなと思った。

 眠い時間に友だちからラインがあり、しばらくやりとりした。眠いという事は友だちに伝えたので、そんなに長くはやりとりしなかった。

 ラインを終えて、このまま眠るのはどうかなと思ったがしばらく掘り炬燵に入ったまま横になった。そんなには眠らなかった。

 旅行に行くなら、足腰を少し鍛えたほうがいいかもと思った。奈良の山の辺の道はかなりの距離があるのだ。

 外は小雨が降っていたが傘をさして散歩にでかけた。いつもと少し歩くコースを変えた。柴犬レオが死んだすぐ後、夜になってよくでかけたところがあった。坂を上った途中にあり、当時は家がこわされて更地になり、遠く対岸の川崎市が眺められた。高層ビルも見えた。そこで夜景を眺めながらレオのことを思い出していたのだろう。レオが元気なころはそのあたりをよく歩いた。

 坂の途中からさらに上り切ったところまで歩き、坂の上をつなぐようにした道を歩いた。国分寺崖線の道である。いくつもの坂を通り過ぎて、急な坂の一つを降りた。多摩川の対岸に立つ高層ビル群を眺めながら。

 散歩をしながら古い建物がこわされ更地になっていたり、新しい家が建築中だったりを眺めた。一軒の家が建っていた広大な敷地に6軒の家が建築中のところもあった。

 いつもと違う道を歩くと違う風景に出会える。

 足腰も少しは鍛えられただろうか。