詠草8首これでいいとまとめたが

朝から雨が降る寒い一日。

エアコンの暖房がきいた居間で、会員になっている短歌誌に送る短歌8首の最終稿をWordで入力した。

 少し前にWordの原稿用紙設定で打ち込んだ土台となる8首から半分ほどの短歌を差し替えた。それでもこれでいいのだろうかと思うところがある。 

 短歌誌の編集者にあてる手紙も書き、ワードの文書もプリントアウト。封筒の宛名を書き切手を貼り、後は投函するだけになっているが明日の朝もう一度目を通してから送りたい。

 今夜の東京は雪が降るという予報だが都心では積もらないらしい。郊外は多少積もるようだがわたしが住んでいるところがどれほど郊外なのか。明日の朝の雪の積もり具合でわかるだろう。

 

 

冷たい雨が降る日曜日、明治神宮歌会へ

朝から冷たい雨が降った。

今日は令和2年初めての明治神宮月次歌会の日。

雨が降るなか、バスに乗って少し離れた駅まで出て、電車を乗り継ぎ原宿駅で降りた。

原宿駅前は昨年と同じように混雑して、明治神宮参道は昨年末より混み合っているように感じた。

 傘をコンビニに忘れるなどハプニングがあり、11時少し過ぎに明治神宮社務所に着いた。

 講師は松坂弘先生。当座は「木立」である。 

 当座の題詠は12時50分まで会場の前に置いた箱に提出する。全員の歌を提出した順番に並べてコピーをとり、全員に配られる。

 当座の題詠を先生が講評する前に、全国から集まった1月の兼題「松の内」の題詠から先生が選んだ歌を講評される。470首あまりから選ばれた預選、次点、佳作の16首と選外佳作(会場に来ている人だけ)が対象となる。

 兼題の歌も当座の歌も先生から選ばれることなく、年初からやや気落ちする結果となった。「松の内」の歌は自分でもこれはどうかなと疑問があった。「木立」の題詠もよい出来でなかった。

 

葉を落とす木立に古墳はおほはれて冬の眠り千余年の眠り (提出した歌)

 

葉を落とす木立に古墳おほはれて冬の眠りよ千余年の眠り(先生の参考までに、という意見を取り入れたもの)

 

こんな歌も作った

 

駅前の木立の多き公園にカモシカの棲む山を夢想す

 

上の歌は今日利用した電車の停車駅の前に、雑木林がひろがる丘陵の公園があり、街の中にカモシカが棲む小さな山があったらいいだろうなと思った。

 今日の月次歌会はいつもより参加者が少なめだった。冷たい雨が降っていることと、もしかしたら新型肺炎の感染拡大も影響しているかもしれない。明治神宮は来日する外国人観光客の人気第2位の観光スポットらしいから。

 

電車から見る公園は森のようカモシカの目がこちらを見ている

薄日のさす寒い土曜日

1月最後の土曜日。あと1週間で1月が終わるかと思うと、時間の過ぎる速さがこわくなる。

 暖冬といっても庭の花が例年より早く開花することはいまのところなく、例年並みか例年より遅めの花もある。紅梅の盆栽はもっと早く開花する年もあったが、今年はふくらんだつぼみのまま足踏みしている。

 駐車場の後ろに植えた白梅もこの時季に咲いている年もあったが、まだつぼみのままだ。

 朝からエアコンの暖房をつけたまま、炬燵のヒーターも入れて居間でパソコンに向かっている。

 昨日は今日より気温が上がり、窓を開けて掃除機をかけできた、日中は暖房を入れずに過ごすことができた。

 NHK短歌のインターネットの投稿蘭で題詠二首を送った。「踊る」という題だ。締切が今日なのでぎりぎりの投稿だが最近は締め切り間近の投稿が多い。

 今日は夕方から近所の知人のご自宅に伺うことになっている。もう一人の知人も招かれていて、特別支援学校のカフェでいつも話している人たちだ。

   知人の 家での会食は予想以上に長くなった。もう一人、近所の顔見知りの奥さんが来られて盛り上がった。白ワインと日本酒を飲み比べた。招いてくださった方は調理師の免除を持ち、いろいろな料理をテーブルに並べてくれた。こんわけでわが家に帰るのが遅くなったので、ブログをアップロードし忘れた。

 日曜(1月26日)の朝、このブログをアップロードした。

 

 

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開きかけている蕾が二つ三つ

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細い茎に房咲の花が重たげに見える日本水仙

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白梅のつぼみ、紅とうす緑と白の色合いが美しい

 

冷たい雨が降る

朝から雨が降ったり止んだり。本格的な雨ではないが、冷たい雨なので外出には傘が欠かせない一日となった。

 このような天気が今週末だけでなく、来週も続きそうで雨ではなく雪になる可能性もあるとの天気予報だ。

 開きかけた紅梅の盆栽は足踏み状態。蝋梅はつぼみが鳥に啄ばまれて咲かないうちになくなっていく。やや元気なのが数本咲いている日本水仙くらい。

 近くの特別支援学校のカフェは文化祭の練習があるので、今日は変則的に11時からオープンした。お客はわたしをいれて三名といつもよりだいぶ少ないが、顔なじみなので1時間ほど話した。

 カフェで実技授業を受ける生徒さんに、小学校のときにどのような歌を習ったかを聞いた。わたしたちの世代は「ふるさと」とか「牧場の朝」とか滝廉太郎の「花」とか「里の秋」とか。生徒さんのひとりが「ルージュの伝言」やスタジオ・ジブリの曲を口にしたので時代の変化を痛感した。

 家に帰ると電話の留守電が入っていて、再生すると短歌会のメンバーの詠草をまとめて送った、その一人からの電話だった。「を」の助詞が抜けているが確認してほしいとのこと。その人が手書きで書いた歌には「を」が入っていた。わたしがまとめた原稿はひとつは「を」が入っていて、もうひとつは入っていなかった。「を」が入っていたのは先生に送った名前付きのプリントだった。このことを相手に伝え、「を」が抜けていたことをあやまった。

 なんでこんなことが起こるのかというと、先生に送る作者の名前付きの原稿と、名前のない原稿をWordの2つの文書で作るからである。校正をしてから2つの文書にわけるが、その後も校正を繰り返すので、一方の文書で直したものが一方では直されていないということが起こりうる。

 メンバーの歌をまとめて送った後はいつも間違って入力していないか、心もとなく思うことが多い。送ってから少し時間がたって電話が来たので、がっかりの度合いが強くなった。

 午後は掘り炬燵で暖まりながら短歌を作って過ごした。

 

個室にて点滴受ける犬のそば百人一首諳じていたり

 

 老犬ももこが腎不全の悪化で急変した時、三日間くらい動物病院の二階の個室で長時間の点滴を受けた。その時、ももこに付き添いながら白洲正子の『わたしの百人一首』を1首目から暗記した。ももこの様子を見ながら何首目くらいまで覚えただろうか。病院での点滴治療ではなく、自宅で皮下点滴をすることになり、病院での付き添いは終わったがこの本はわたしの愛読書になった。あの時覚えたつもりの歌はもう覚えていない。

陽射しが少なく寒い一日

 明日から天気が崩れるとの予報で、今日も雲が多い空模様。お昼頃から陽射しが出たが弱々しい。

 ここ何日か、いや先週の終わりごろからか、どこがと言うことなく、身体の調子がいまいちで今日も同様だった。

 やりたいことはいろいろあるが手をつけることができない。からだの問題ではなく、心の問題だろうか。無理にやることもないとは思うが・・・・あまりのんびりできないこともある。

 東京では今年はまだ初氷が張っていない。観測を開始してからいちばん遅かった初氷の日は2016年1月13日で、今年はそれより大幅に遅れていて、このまま初氷が張ることなく冬が終わる可能性もあるという。

 老犬ももこがこの家にいた2016年の1月。早朝、庭に出したら道路に向かう通路でおしっこをし、散歩の帰り凍ったおしっこでももこがすべってころんだことがあった。ブログで確かめるとその転んだ日が2016年の東京の初氷の日にあたる13日だった。ブログを読むとあの日の寒さがよみがえってくるようだ。

 今年はまだいちども目高がいる水がめの水が凍っていない。こんな冬は今までなかった。これから寒くなって、初氷が張る日があるだろうか。

 

沸かしたての湯でいつぱいの薬缶の口湯気を吐きたりひと息つくがに

 

空腹に鳴く鵯(ひよどり)の鋭(と)き声を冬の曇天黙して聞くのみ

 

 

特別支援学校のカフェに行く

陽射しはあるが風が冷たい。この時季はこのくらいの寒さは仕方ない。寒い方が安心できるようになった。

 明け方6時過ぎに雨戸を開けたら東寄りの空に月が見えた。父や柴犬レオがこの家にいるとき、よく夜中の2時から4時くらいの時間に起きて外に行くことがあり、そのとき見た月だったので妙ななつかしさを感じた。あの時は、夜中過ぎから早朝に出ている月に何か不吉なものを感じたが、いまはそんな感じはない。

 あのときは多くの人が寝ている時間に空に出ている月に、胸がざわざわした。その胸騒ぎのような感覚は今もわたしのうちに残っているが、同じ月を見てもざわざわすることはなく、なつかしむだけだ。

 お昼近くから近くの特別支援学校に行き、校内のカフェで顔なじみの人たちと談笑した。あたたかいオリジナルのハーブティーを味わった。お代わりの珈琲も。

 知人のひとりが25年前(阪神大震災が起こる10日くらい前)に亡くなったわたしの叔母を覚えていて、品のいいおだやかな人だったと言ってくれた。わが家の隣で萬屋のような店を営んでいた。戦後しばらくはとても流行ったが、だんだん薄商いになっていった。それでも叔母がいる頃はまだよくて、近くのコンビニができ始めると商売が難しくなってきたようだ。父や母は親戚なので叔母の店をよく利用していたが。

 学校に行く前に弟が家に来て、午後遅い時間までいた。弟宛てに宅急便が届いたようで、8畳のフローリングに四角いマットを敷いて、新しいカーテンを付け替えた。見違えるようになった部屋を前にすると、父母がいた頃、柴犬レオや老犬ももこがいた頃がどんどん遠ざかっていくような気持ちになった。

 

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梅の花がひとつだけ咲いていた


 

紅梅が咲き始める

朝から晴れてきれいな青空がひろがる。今日は大寒だが気温が上がり、日中は寒さをあまり感じない。

 玄関の横に植えた紅梅の花が数日前から咲き始めた。昨年の春、紅梅の枝や葉っぱに油虫がびっしりとついたので、枝ごと切った。取りきれなかった枝にも油虫が残り、木全体が弱ってしまった。そんなことがあり、花数が多くないが少しでも咲いてくれたのがうれしい。

 

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 庭には蝋梅の木が一本あり、黄色のつぼみがたくさんついて、花が咲くのを楽しみにしていた。だが今朝、蝋梅の木に鵯(ひよどり)が止まっているのを見た。しばらく見ていると、蝋梅のつぼみをついばんでいるではないか。ふくらんで開きかけているつぼみを食べているのかもしれない。

 毎日、蝋梅の木を見ているが開きかけたつぼみを見つけても、開いた花を見ることができなかった。鵯がついばんでいたのにちがいない。昨年はたくさんの蝋梅の花が咲いて目を楽しませてくれたが、今年は鵯のえさになりそうな予感も・・・・・。

 庭仕事にぴったりの天気だし、梅やスモモの木の枝を切るなどやりたいことがいろいろあるのだが、からだがなんとなく重く庭に出る気持ちになれなかった。昨晩はちゃんと睡眠もとれたのに、どうしたことだろう。

 

蝋梅の細枝たわめ鵯が二つついばむ黄色のつぼみを

 

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黄色のオキザリスが咲いている、球根で増え雑草のように強い、この庭に十五年あまり棲んでいる

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今日の紅梅の盆栽、つぼみがついて花が咲く前の期待感がいい