題詠を一首、送った

 月曜日から涼しめの毎日だったが、今日は少し気温が上がったようだ。昨日は夕方遅くなっからエアコンを入れたが、今日はお昼前からエアコンを入れた。

 うっかりしていて、締め切りが迫っているのに忘れていた短歌があった「影」と言う言葉を読み込んだ題詠である。

 いくつか作った歌があるが、いまいちピンと来なかったので、新しく何首が作ってみた。少し前に作った歌と今日作った歌を読み比べて、前に作った歌を選んだ。ただ、少し手を入れた。初句の言葉が気になったので調べてみると、わたしが言い表したい意味とややずれていた。この初句の言葉を直した。

 もしかしたら、速達で送ることになるかと思い、葉書に貼る速達用の切手を買ったが使わないですんだ。

 郵便局の人に聞くと、今日の5時までにポストに入れれば月曜日(8月10日)に着くとのことで、十分余裕を持って投函した。

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庭で咲いている百日草の花を切ってキッチンに飾った

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鷺草が咲き進む

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ひまわりも咲き進む

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咲き始めた千日紅

 

 

 

 

 

 

 

 

オホーツク海高気圧からの風で、

 昨夜はいつもより寝苦しくない夜で

朝目覚めた時汗ばんでいなかった。

 部屋の空気の入れ替えで窓をあけると

部屋の中より外の空気のほうが冷たい。冷たい空気を窓という窓を開けて、入れた。

 この冷気はオホーツク海高気圧からの風によってもたらされたもの。というおぼろな記憶をもとにAIに聞くと、その通りとのことだ。

 詩人で童話作家の宮沢賢治が夏に吹く冷たい風のことで苦しんでいたというコメントをAIに寄せると、一気に話が広がった。

 真夏の東京にエアコンの冷気をもたらすオホーツク海高気圧。この冷たい風を岩手では東風(やませ)と言う。賢治を、岩手の農民を苦しめた風が現代の東京に猛暑からの解放をもたらしたという皮肉。

 宮沢賢治がいた時代、夏の冷気による作物の不作は壊滅的で、いのちがけの自然との闘いだった。現代の私はのんきに今日は涼しくていいなんて思うけれど。

 そう考えて涙がにじんだ。

 今日は夜から新宿で短歌の講座が開かれる。バスと電車を乗り継いで都庁前駅に向かった、

 短歌の講座は「短歌の読み書き」と言って、歌人の小池光先生が教えてくださる。

ここで知り合った女性に、愛読の歌集を見せたら、これ貸してと言われた。次の講座までひと月お貸しすることにした。

 わたしが今回出した短歌2首はどちらも下2句がいいと言われた。初句に難ありとのことで、先生がこんな感じと例えばの言い方を示してくれた。先生の提案を取り入れると、わたしの短歌はずっと良くなった。

鷺草に2つ目の花が咲いた

花壇の主役はグラジオラス

こぼれ種

こぼれ種から咲いたキバナコスモスも

夕方の庭のほうがきれい

 昨日は近所の肉屋さんで買い物ができず、少し離れたところに買い物に行くことになった。

 バスを使って行く買い物先は2カ所あるが、二子玉川を選んだ。ところかである、身だしなみを整えせっかく現地までバスで移動したのに、なんとお財布を忘れた!

 ショピングモールの地下にあるパン屋で食パンを買おうとして初めて気づいた。

 仕方なくバスでまた家に戻り、お財布を持ってもう一箇所のほうの駅前の商店街に違うバスで行った。

 バスを降り、駅前に集中している3軒の店で買い物した。

 買い物を終え、駅前のドトールに入り、デカフェのカフェラテを注文。持って行った歌集を読んだ。すごく集中して読めた。

 家に帰ったのは暗くなリかけてから。玄関に行く庭道に花壇を見ると、昼間よりきれいに見えた。ソーラーライトが灯り、色鮮やかな花壇の花の色が浮かび上がる。昼間は太陽の光が強すぎて、花の色が飛んで見える。こんなにきれいな花壇だったのかと発見ができた。

今日は昨日、短歌の仲間に送ったメッセージの返信が届いた。かなり長いメッセージを送ったので、返事を出す側に立つと、返事を出しにくいというか。簡単なメッセージならこちらも軽く応じられる、だが長いと、

みたいな負担を相手に感じさせたと反省していた。 

 そう考えると、短歌誌を送ってもらうのも気づかいがあって、面倒くさくなった。今度から、軽くお礼のメールを送り、感想はあまり述べずに手短に済ますようにしたい。

 

 

鷺草がひとつ咲いた

 今日から8月。今年の梅干しも無事作り終えたし、東京はお盆が7月なので、8月は夏が終わりかけているような気がする。盛夏ではあるが、終わりが見えている。初夏のあのういういしい感じがないというか。

 昨年の夏は一つも咲かなかった鷺草。つぼみをつけることなく終わった鷺草が、今年はなんとか15個ほどのつぼみをつけた。

 そのひとつが花開いた。この数年、数個くらいしか咲かなく、昨年は全く咲かなく、気をもんでいたが一つ咲いた鷺草は清冽で力強く飛び立つようだ。

 振り返ればこの鷺草は20年くらい前、まだ父母がいるときに近所の花屋さんで一鉢買った鷺草を継いできたもの。

 花数が少ない何年かは、球根そのものが経年劣化のようなことになっているのかと思った。歳月を経て新しい球根に入れ替わるが、それでもだんだん弱っていくのではないかと。

 今年の花を見て少し安心したと同時によく

20年も育ててきたなと思った。

キバナコスモスの葉っぱの上で脱皮した蝉、抜け殻を残して。よくこんな不安定なところで蝉になれたなと感心する。昨夕、庭道にひっくり返って脚をばたばさせている蝉の幼虫を見たのでもとに戻してあげた。あの子は無事、蝉になれたのだろうか。

干し終えた梅干しをホワイトリカーで消毒した瓶におさめた。

梅の土用干し、3日目

 雲が多めの晴天が続いている。もう少し湿度が低いと梅干しにはいいのだが、ほどよい風が吹くのでいいことにしよう。

 

3日目のお昼近くの梅干しである。先ほども書いたが、雲が多くかんかん照りでなかったので、しわの寄り方がやわらかい。日差しが強すぎるともっとしわが深くなる。

 昨日は日が落ちた頃から雲行きがあやしくなり、雷鳴が長い時間鳴り響いた。だが雷はわたしが住むところには来なかった。東京か隣県の神奈川で雷雨が降ったかもしれない。

 昨日はいつも応募している若山牧水短歌大会にネットで短歌を2首送った。今までは手書きの短歌を封筒で送ったが、より手軽な方を今年は選んだ。

 これと昨日のことだか、向かいの家のご主人に「梅干しはどうですか」と聞かれたのがきっかけとなり、出来上がった梅干しをさしあげることになった。ひょうたんから出たこまみたいな話だ。梅干しをあげようなんて、一度も思ったことがなかったから。

 つい、話の成り行きで思いもよらないことをするようになる、なんて本当は好まないが、時にはおもしろい。今回はおもしろくも何ともない。

 これも昨日の話だが、夕方、郵便受けを覗いたら、届け物があったよつで、不在連絡票がはいっていた。送り主を見ると見覚えのない名前である。少したって、誰だか気がついた。今年の4月末に他界した短歌の仲間の奥さんのようだ。名字が同じなので、たぶんそうだろう。

 4月末はとても遠く感じられる。あれから色々なことがあった。生きるというのは色々なことがあること、なのである。

 ただ、亡くなった仲間がもし存命だったら、電話をかけて相談したかもしれないなということが起こった。熊本の大地震のことである。熊本県八代市は仲間と一緒に参加していた季刊の短歌誌の発行場所であり、多くの仲間が住んでいるところだ。テレビの映像を見ると、安否が心配になる。仲間がいればどうしようか、心配だねと話すことができただろう。その相手がいないことを寂しく思った。

梅の天日干しを始めた

 梅雨が明けてから、天候不順の日もあり、またわたしの都合もあり、なかなかできなかった。塩漬け梅の土用干しを今日からはじめた。

 今日、明日、明後日と干すつもりだ。

 2キログラムの完熟した梅を冷凍用のジップパックに荒塩とともに入れ(かびの発生防止にホワイトリカーも少量いれてある)、一ヶ月以上寝かしておいた。

 土用干し用の大きなざるに梅酢がしたたる梅を一つ一つ丁寧に乗せて、駐車場に運んだ。現在、車が2台止まっていて、空きスペースがないので、車の屋根にざるを乗せた。

 お昼前。弟が車で出かけたので、その空きスペースに脚立を倒して置き、その上にざるを乗せた。

 お昼ごろにいったん家にざるを持ってきて、少し冷ましてから梅をひっくり返した。一度、外にほしたまま梅をひっくり返したとき、薄皮がざるに付いて、はがれてしまった。太陽の熱を冷ましたほうが梅をひっくり返しやすい。

 それでも2割ほどの梅はうまくひっくり返せなかった。

 ひっくり返した梅はすぐ外に出し、ザルの上で3時半頃まで干した。

 干した梅は漬けていた梅酢に戻し、一晩漬けて、また明日の朝から天日干しをする。

 梅干しを使った料理で好きなのがいくつかあって、梅干しはわが家の食卓に今のところ欲しい食材の一つ。自分で作れる間は作っていきたい。

 写真を撮り忘れたので、明日撮ってアップロードするつもり。

 

 

7月を振り返ってみると、、、

 7月の最後の週となって、7月も終わりに近づいている。

 梅の土用干しもまだすんでいなく、今日は曇天だし、7月中にはすませたいがどうなることやら。

 今年になって初めてのことだと思うが、3日続けての外出を終えて、何となく達成感がある。こんなことでやったーと思うのもおかしい。

 あと5日残っている7月。振り返るつもりはなかったが、7月のブログの更新数を見たら、自分でも驚いた。あまりにも少なかったからだ。昨日の更新を入れて7回である。

 白内障の手術をした5月は7回しか更新していなくて、これはしかたがないと思った。翌月の6月は14回に増えていて、このくらいのペースでいいかなと思ったが、また7月に減ってしまった。なにがあったのだろう。別に取り立ててブログの更新をさまたげるようなことはなかったように思うが、わたしのなかではなにかあったのだろう。

 驚いたがままいいかと思う。これが自然なわたしのペースならそれでいいではないかと。

 今日は家でのんびり過ごし、知人の詩人から送られてきたひとり同人誌や、短歌で知り合った方から送られた同人誌を読んでみよう。ひとり同人誌は一回目を通したがお礼のメールもまだ送っていない。短歌の同人誌は今日送られてきて、さっと目を通した。なるべく早くメールを送ることにしよう。

 できれば7月末(消印有効)締め切りの短歌大会に送る短歌を2首考えたいが、そこまでの元気はなさそうだ。あと3日くらいあるので、無理しなくてもいいだろう。