昨日は国会図書館へ、今日はベニカナメの剪定

 昨日は小雨が降ったり止んだりのぐずついた天気だった。今日は雲が多めだが晴れ間が出て、陽ざしの強い時間もあった。  

 昨日、土曜日は国会図書館の入館予約をしてあるので、家を10時半ごろ出て向かった。いつものように永井陽子さんの同人誌「詩線」全号の閲覧請求をした。ほかに短歌誌」(角川)、「短歌研究」も請求。

 さらに、歌人、江戸雪さんのいちばん新しい歌集『空白』ともう一つ『駒鳥』(ロビンと読む)、加えて斎藤史さんの晩年の歌集を2冊、閲覧請求した。

 読みたいものが多くて、たくさん過ぎてあれも少しこれも少ししか読めなかったが、もっと読みたいものは貸し出しをしている図書館で探すことにした。

 帰りは行きと反対に半蔵門線田園都市線をつないで二子玉川に行き、駅前のライズ地下で食品の買い物をし、一階のカフェに入った。国会図書館に行くときの、特に土曜日はこの行動パターンが定着している。

 電車に乗っているときに待っていた友だちからのラインの返事があり、カフェで返信を送った。もしかしたら友だちからの返事は来週にならないと来ないかと思っていたので、うれしかった。

 

 今日はいつものようにNHKテレビの短歌と俳句を見て、体操もやって一日がはじまった。

 午前中は雲が多めだったので陽ざしが強くなる前に、と思い、庭に出て家の裏手の隣家との境に植えたベニカナメを剪定した。何十本と植えられているので、全部を切るには1週間以上かかるはず。

 今日は日当たりが良くなく、あまり繁っていないところのベニカナメを中心に切った。脚立にときどきのぼり、わりと簡単にできた。

 ある程度切ったら、疲れを感じたので家に入り、午前中なのに広縁に横になってひと休み。少し眠ったかもしれない。

 午後は昼食後、午前中の続きをした。家の裏手は樹を剪定するとき、太陽に顔を向けることがないので、日ざしの強い時間でも剪定ができる。背後から日が当たる感じなのだ。

 午前中と違い、思いっきり繁っているベニカナメを時間をかけて剪定した。繁り過ぎて、木の向こう側が見えない状態だったのをすかすかにして、風が通るようにした。こうなると切った後は気持ちがよく、達成感がある。

 また疲れを感じ、家に入り、今度は本格的に昼寝をした。ひと仕事した後の昼寝は気持ちがいい。目覚めれば小鳥のさえずりが聞こえて、庭の若葉が目に入り・・・・・・・。

 

鉢植えのヤマアジサイが色づいてきた

紫色のチドリソウ、うすい桃色の花色の種子を買ってまいたつもりだったが混じっていたのだろう

淡紅色のアスチルベはもう少しで花ひらく

今年も、ころんとした愛らしい花を咲かせるトレニアを植えた、三色も

赤い遅咲きのツツジが咲いている





 

おだやかな初夏の一日、美容院へ行く

 朝から晴れて新緑がきらきら輝く。少しづつ緑色が濃くなるのがわかるがまだ若葉の色である。

 朝8時過ぎ、朝食を終えた後に燃えるゴミを出す日であることを思い出し、慌ててゴミ出しをした。最近、回収が早くなり、持って行った後に出すことが2回あった。今日は大丈夫だった。

 ゴミ出しの後、庭に出てオオムラサキツツジの剪定の続きをした。5~6本の背の高いオオムラサキツツジを並べて植えてあり、五分の一ほど狩り残してある。手が届かない難しいところなので後回しにしたところだ。動き回り何とか工夫して、ほぼ切り終えた。

 刈り込み用の取っ手の長い植木鋏の切れ味が悪くなったので、途中、研ぎ直したら、だいぶ切れ味が戻ったのでベニカナメの剪定も少しした。例年だと今より1~2週間ほど

早くベニカナメの剪定を開始する。今年はいろいろな庭仕事が遅れ気味だが、あまり無理をせずに進めていきたい。

 午前中、一昨日蒲田で開いた歌会のグループラインに主催者からラインが届き、しばらくやり取りが続いた。と言ってもわたしが送ったの一回だけだ。だいたいグループラインは一度だけ送ることが多いが、以前、都市川で鶴の群れを見かけたというラインがあったときは真偽を確かめたくてこちらからかなりのラインを送った。

 昼食後は午前中の庭仕事の疲れが出て、30分ほどごろんと横になったが眠らなかった。

 気温が上がってきて、伸びた髪を重たく感じるようになったので、美容院に行くことにした。手早く支度して急な坂を上って最寄り駅のひとつへ。電車に乗って美容院がある街に移動した。

 美容院はかなり空いていて着いてすぐ指名した担当者にカットしてもらった。かなり短くカットしてもらい、体も軽くなった気分だ。

 また電車に乗り、二子玉川に移動。複合商業施設ライズにあるカフェに入り、ブレンドコーヒーを飲んだ。金曜の夕方ということもあるのだろうか。小瓶のビールやワインを飲んでいる女性の姿が何人か見られた。この店は最近、頻繁に来ているが今まで見かけなかった。瓶入りのビールやワイン、発泡酒をこの店では出しているようだ。

 わたしはあたたかい珈琲を飲みながら、ラインのキープメモにいくつかの短歌を詠んだ。

 小一時間店にいて、夕食の買い物を少ししてバスに乗り家に帰った。

 

いつのまに若葉繁りてその内にうす闇育て六月を待つ

 

揺られつつノートをひろげ算数の計算式を解く中学生

 

白ワインの小瓶を開けて夕食の買い物を終えたる主婦はくつろぐ

 

会話の声満ちる店にてキャスケット被る女は文庫本読めり

 

気がつけはあたりの人は皆去って絶えず落ちゆく水音とわたし

 

友だちにラインを送りその先が読めない夕闇ライトが光る

 

 

掘り炬燵を片付ける

 五月も半ば過ぎ。もう炬燵がほしいような肌寒い日はないだろう。

 部屋に掃除機をかけるついでに、居間の掘り炬燵を片付けた。掘り炬燵の中のゴミ(あまりなかった)やほこりをきれいに掃除機で吸い取り、炬燵のやぐらを仕舞い、その上に半畳の畳を敷いた。

 掃き出し窓を開けっぱなしてして風を通しながら、掃除や片づけをした。

 ほぼ片付けが終わってから、庭に出て駐車場にたまった夾竹桃の落ち葉やその他細かい落ち葉を掃いた。夾竹桃は常緑の木だがこの時期に古い葉をたくさん落とすようだ。

 陽ざしがたっぷりなので、鷺草を植えた植木鉢や、種子を蒔いて芽が出たポット鉢など、日の当たる場所に小まめに移動した。日に当たることで丈夫な苗が育つし、大きさも確保できる。花付きもよくなる。

 陽ざしが強い庭で、体を動かすと汗がふきだす感じで、日焼け止めを塗った顔が汗にまみれてしまった。家に入り、顔を洗ってひと休みすることにした。

 ちょうどお昼過ぎなので昼食を食べ、午後は夏仕様になった居間で、歌仲間にもらった短歌誌を読んで過ごした。

 3時ころになり、車を運転して図書館へ。貸出期限が過ぎていた本を5冊返し、そのうち3冊をまた借りた。

 図書館から帰り、少し休み、こんどはバスに乗って以前よく通った駅前のカフェへ。前はこの店で歌集を読んだり、短歌を詠んだりするのが好きだったが前と同じような気持ちにはなれなかった。

 最近は二子玉川のライズにある店によく行くようになり、その店の雰囲気が気に入っているので、気持ちの変化があるのだろう。

 それでもときどきはこの駅前のカフェに足を運ぶことになるだろう。近くの肉屋さんの揚げ物が美味しいし、このカフェは亡くなった親友や柴犬レオをいっしょに来たことがある店だから。

 

泳ぐより走るといいたきすばやさで親を追いかくカルガモのひな

 

房総の海の近くのポスピスを一夜の宿に友を見舞へり

 

「舞妓」という名の山紫陽花この庭に二十年前に輿入れしき

 

初夏の暑さ、蒲田の歌会へ行く

 長袖の洋服が着たくなる日が続いたが今日は半袖でもOKの日だった。

 雲が多めだが晴れて、気温が上がった。陽ざしがたっぷりで、種まきをして発芽したポット鉢を陽の当るところに移動した。発芽してからずっと曇りか雨だったので、種子から生まれた小さな芽たちにとってはじめての陽ざしである。

 午後から東急多摩川線蒲田駅近くで歌会が開かれる。バスで最寄り駅に出て、電車で向かった。

 今日は月謝を支払う日で二か月分を支払った。

 歌会に出席した人は14名、短歌を提出した人は17名、指導する先生が1名。

 詠った本人が自分の歌を読み上げ、プリントされたその歌のひとつ前の人が講評する。

 わたしの短歌は17首のいちばん先頭にプリントされているので、まずわたしが自分の歌を読み、17番目の人が講評をした。

 まあまあの評判の歌となった。表現的にこうしたほうがいいという先生の提案があったが、わたしの詠い方でもいいとも言われた。歌の力を重んずるか、歌のひろがりを重んずるか、その選択のようだ。景色としての歌か、わたしの心象風景としての歌か、という選択でもある。

 17首の短歌をまったく休みなして3時間近く、感想を述べたり講評したり・・・・・・。かなり疲れる。わたしだけかと思っていたが隣に座った人も、歌会のあとはぐたっとする、と言ったので同じだと少し安心した。

 歌会が終わり、別の歌会にも参加している仲間と駅前に向かった。さっきの歌会に最近参加するようになり、今回が2回めのひとと一緒になり、駅まで話した。とても元気な人で、意欲的な短歌を詠っている。詩や短歌について話した。

 その人を駅ビルのなかで別れ、仲間と駅前の喫茶店に入った。ここでも話すことは短歌について、である。わたしの短歌をほめてくれるのはうれしいが、それだけでは物足りない。厳しい指摘がときには必要である。身近にそういう人はいまのところいないが、岡山市に住んでいる歌友は的確で厳しめの指摘をしてくれる。ひとりでもそういう人がいるとわたしはぴしっとする。

 

一日をたたむがごとく夕空の茜がうすれ街暗みゆく

 

センサーが働き灯る街灯を何かの合図と思ひて歩く

 

帰り道に沿うあちこちでセンサーが動きつぎつぎ灯りがともる

 

歌会を終えての家路 見上げれば久しぶりなる夕焼けの空

今日は家でのんびり

 雨は降らないが陽ざしもない、曇天の一日。まるでわたしのこころみたい。

 妙にメンタルの調子がよくない。

 昨日、六本木の新国立美術館に「メトロポリタン美術館展」を見に行った。そのあと、友だちの誕生日プレゼントを買ったのだがその友だちに午前中、ラインをした。

 ここ一か月ほど心身の不調が続く友だちなので、プレゼントを送りたいと伝えたが先方は急がないから会って受け取りたいと言ってきた。来週、友だちが住む街に行く予定があるので、そのときちょこっと会って渡すことにした。

 会う日時を決めたが不安を感じるわたし。不安定な友だちだから、どうなるかわからないという気持ちがある。不安定な人と付き合うと、こちらも不安定になるのはしかたないのか。

 わたしは空を自由に羽ばたく鳥でいたいのに。

 こういう付き合いを自分で受け入れているのだから、自分の気持ちをコントロールするいい方法を見つけたい。多分、相手と適当な距離を置くことがその方法のひとつだと思う。距離を置くことで相手からの影響を軽くして、こころの自由をなんとか確保する。

 昨日は1万歩を超える歩数を歩いたが今日は一転、0歩。外に出たときスマホを持っていかなかったこともあるが。

 

今日も雨、「メトロポリタン美術館展」に行く

 朝から雨が降る。朝方は小雨で、日中は降り方が強くなり、夕方はまた小雨になった。

 先週のうちに予約した、国立新美術館で開催中の「メトロポリタン美術館展」へ行った。11時からの入場予約なので、家を10時過ぎに出た。東京メトロ日比谷線六本木駅で降り、地下街と地上を歩いて10分くらいのところにある。

 11時少し前に着いたが、11時からの予約の人がかなり並んでいた。いろいろな展示会に昨年より多くの人が訪れるようになった。

 ニューヨークにあるメトロポリタン美術館が所蔵する、ルネサンスから1800年代後半の印象派、ポスト印象派までの絵画を時代順に展示している。

 大まかに言うと宗教画や肖像画から風景画、静物画、人物画への変遷である。

 やはり、最後の1800年代の絵画にいちばん親しみを感じる。この年代の絵には現代美術に通じるものがあるように感じられるからだ。

 ポール・セザンヌの「カルダンス」はカルダンスの街並みを描いたもので、高低差のある街並みを色彩と面で描いていて、すばらしいと思った。セザンヌは街並みをこのように感じ、とらえ、そのまま表現したのだ。セザンヌのもう一つの作品「リンゴと洋ナシのある風景」は、今まで見たセザンヌ静物画のなかでも最高傑作といえる。

 エドガー・ドガの「踊り子たち ピンクと緑」はこの絵を描いた時ドガの視力がかなり悪かったと説明があるが、それが信じられないほど、踊り子たちの動きがとらえられている。ピンクと緑の強調した色づかいもすばらしい。

 オーギュスト・ルノアールは「ヒナギクを持つ少女」と「海辺に手」の2作品が展示され、どちらもよかった。前者のほうが少女の肩や胸元の量感と肌の輝きがすばらしく描けているが、後者は女性の表情と海辺の光が豊かに描いてある。

 展示を見終わって、ミュージアムショップではいままででいちばん買い物をした。自分用もあるが、友だちに買ったものもある。

 新国立美術館をあとにして、六本木ミッドタウンに立ち寄った。友だちに誕生日プレゼントに何かいいかと聞いたら、扇子と言われたのでそれを探すためだ。いくつかの店を下調べしてある。ガレリアの地下1階と地上3階の3つの店で置いてある。そのすべてを見て回って、迷ったが決めて買うことができた。予算があるのでそんなに高級品は買えないが、日常使いで楽しんでもらえればと思った。

雨の中、国会図書館へ行く

 朝から雨が降るが気温は上がった。

 国会図書館の入館を予約してあるので、10時半ごろ家を出た。傘をさすかささないか迷うくらいの小雨が降っている。折り畳み傘を持って行った。

 多摩川の土手でバスを持っている間にやや強く降り始め、傘をさした。

 二子玉川ライズの地下でかんたんな昼食を買い、図書館がある永田町駅に向かった。

 土曜日の早めの時間の国会図書館はわりあいと混雑していた。パソコンのある席に座るために、あちこち空席を探さなければいけなかった。この図書館に通うようになってから初めてのことである。いままでは空席はどこにでもあったから。

 席を確保し、読みたい本を3冊閲覧請求した。

 以前、ここでコピーをとった「核」という同人誌に掲載されている、永田陽子を論じた小文を読んだ。歌人、永田陽子を他の歌人河野裕子や馬場あき子と比較して書いている。永田陽子が短歌の表現に影響を受けた人として、詩人、山本太郎をあげ、その作品「リリカルな愛の唄」の世界を短歌で詠いたいと語ったことに触れていた。

 パソコンで山本太郎の作品を検索するとたくさん出て来た。ただの山本太郎で検索すると、政治家の山本太郎も出て来てこちらもたくさんの著作がある。「詩」と「山本太郎」で検索すると、詩人の作品だけが選り分けられた。

 いくつかの本のなかにデータで読める詩集があり、その中の現代詩文庫『山本太郎詩集』に、詩編「リリカルな愛の唄」が掲載されていた。おとうとに呼びかける詩だ。川に流れていく母のたましいを見ながら、母と自分との確執が歌われる。切なくて美しい詩だ。

 歌人、永井陽子からはじまり、詩人、山本太郎に興味を抱いた。いくつかの著作に目を通した。本の閲覧は三冊までなので請求できず、データで読めるものだけ拾い読みをした。筑摩書房の『詩の本』第2巻( 1詩をつくる)に50数ページにわたって、山本自身の詩人としての遍歴が書かれ、詩人になるための心構えが書かれている。これがおもしろかった。わたしが好きな詩人のことが、山本の視点で書かれていた。

 閲覧請求した本のなかに、歌人永田和宏の著作『あの胸が岬のように遠かった』があった。亡き妻、河野裕子との出会いから結婚までのいきさつを、死後その存在が明らかになった河野の日記を読み解きながら綴ったものだ。どちらも好きな歌人なので興味深く読めると思ったが、いまは歌人、永井陽子のほうに気持ちが傾いているので、目を通してもあまり興味が持てなかった。いつか読める時が来たら読めばいい。

 11時少し過ぎから4時少し過ぎまで図書館にいた。

 帰りはまた二子玉川に電車で移動し、昼食を買った地下にあるスーパーマーケットとパン屋で買い物をしてから、、いつも行くアンテコ・カフェに入った。ブレンド・コーヒーとチョコバーを注文した。最初はカウンターしか空いていたなかったが、途中テーブル席が空いたので移動した。この店でたくさん短歌を詠んだ。

 

ぶつかってはじめて互いの進む道違うと知ってその後もふたり

 

ベンチに座る女のブロンズ像ときに生身の人横にいて

 

図書館に亡きひと遠きひとの本読みし後なる喧騒の街

 

席を立つ客入れ替わりの客すぐ来て土曜の店は流れの早き川

 

アンテコ・カフェ

バス停からの眺め