雲が多く、陽射しがなくてうすら寒い日曜日。
朝は早めに目が覚め(といっても5時過ぎ)、NHK短歌と俳句を見ることができた。
午前中は新聞を読んだり、テレビを見て過ごした。
お昼近くになり、近くの菩提寺に行った。今日は12年前に他界した母の命日。一昨日、花を供えたのでお線香をくゆらすだけのお参りだ。お正月の花がまだきれいに残っている墓地にいつもより長くいた。
家に帰り、昼食をとるが昼食後、眠くなったので炬燵に横になったが眠ってはいけないと思い起きた。
炬燵に入っていると眠くなるので、デジカメで庭の草花の変化でも撮ろうと外に出た。芽を出したクロッカスの写真をいくつか撮ると他に撮るものもないように思えた。
そこで柿の木の下に放置してあるゴミ袋5つに入れた落ち葉を天地返し。落ち葉を発酵させて腐葉土にするには空気を入れるためにかき混ぜたほうがいいので、ときおりこの作業をやっている。
落葉を棒でかき混ぜながら庭を見わたすと、まだ落ち葉がいっぱいあるので、掃き寄せることにした。落ち葉の一部は庭の隅二か所に掘った穴にほうりこみ、一部は新しく小さな穴を掘って埋め、一部は新しいゴミ袋に入れた。
それでもまだまだ落葉は残っているが、庭木の根を寒さから守ってくれるのでぜんぶはとらないことにした。春が近くなり、落ち葉が目立つようになったら掃き寄せて穴に放りこんだり、ゴミとして捨てればいい。
だんだん年を重ねてくると、冬の庭がいかに趣があるかということに気づくようになった。一部の常緑樹、落葉樹をのぞき、ほとんどの木が休眠状態にあり、そのしずけさがここちよい。春の庭に花がいっぱい咲くのは見ていてうれしく心躍るものだが、あふれる生命力に圧倒されるところがある。
静かに春を待つ庭はこちらのこころを安心してゆだねられるような気がする。
キャベツに刻むその音に思い出づること一つ二つ亡き人亡き犬