多摩川の河原に散歩に行く

 朝は厚い雲が空をおおって昨日の空とはまったく違った。お正月の天気は晴れの日が続くとの予報なのであれ!と思った。
 いつも散歩する友だちといつもの場所で別れた後、ひとりで散歩を続けた。昨夜少し食べ過ぎたので運動で帳尻をあわせようという気持ちも働いた。
 途中開いていたスーパーマーケットでヨーグルトなどを買い、多摩川の河原に向かった。元気な頃の柴犬レオとほとんど毎日散歩していた。十数年分の思い出がある。老犬ももことは数えるほどしか河原で散歩していない。それでも十回くらいは行ったかも。数が少ないからかえってその一回一回の記憶が残っている。ももこはあまり多摩川の河原の散歩が好きでなかった。足が不自由なので歩きにくいためかもしれない。住宅街のほうが短い散歩でたくさんの犬の匂いをかぐことができるし。
 土手の上を走る道路を信号のないところで横切り河原に下りた。まずレオの思い出をたどって川のほうに足を向けた。年月が流れ、川の形が変わっている。川崎側に大きな中州ができ、水流が東京側に強くあたるようになった。川岸には浸食を防ぐためのコンクリートブロックのようなものが積んである。レオが2〜3歳の頃はこのあたりはなだらかに川に続いていて、渡り鳥の群れが水辺から川岸に上がってくることもあった。現在では川岸が削られ川から2メートル近く高くなっている。
 川の向こうには武蔵小杉のビル群がそそり立っている。空がレオが元気な頃より狭くなったように感じられる。
 川から離れ河原を下流に向かって歩いた。ももこがわが家に来てすぐの頃。まだお見合い期間中に河原に散歩にきたことがある。テニスコートのそばで何匹かの仲がいい犬が元気に遊んでいた。ももこと近づくと犬たちが寄ってきた。ももこは歓迎もしないが怒りもしない。飼い主さんのひとりがももこにおやつをくれた。わたしはももことお見合い中で、家に引き取るかどうか相性を見ているところであることを話した。
 あのときはももこが来年までの命しかないなどとは少しも思わなかった。最初から老犬だったので数年くらいかもしれないとどこかで思っていたことは否定しないが。
 ももこといっしょに行ったテニスコート近くまで一人で歩いて行った。しばらく立ち止まってあのときのももこを思い返した。あれが始まりで終わりが予想外に早く来た。始まったら後には戻れなかった。ももこのことをほんとうに好きになってしまった。


 年の初めにおりしが年の終わりにいない犬のこと思ひめぐらせり

 陽だまりに見えない犬が眠りおる湯あみするやうに光を浴びて

 ちゃぴちゃぴ水を散らして目白の水浴びいと愛らしき

 逆毛たつ風来坊の鵯(ひよどり)が千両の枝しならせており

 水底より浮かぶやうに目覚めれば見覚えのある部屋暗くなり

 桜の枝の網目を透かし金星と月がよりそうごとく輝きぬ

 つまの間の逢瀬なりしか窓の外仰げば月も金星も見えず

 夕暮れのときのまの金星と月の輝き失せれば空はがらんどう

 引き出しに青い鳥一羽ひそませぬ年のはじめの夜半近くに

空をおおっていた厚い雲の間から太陽があらわれ
青空が少しずつ広がっていく