「デトロイト美術館展」を観に行く

 朝はいつものように友だちとその愛犬と散歩した。ちょっと長めで多摩川の河原に出て少しだけ歩いた。昨日はひとりでセンチメンタルな河原散歩をしたがき今日は友だちとその犬がいっしょなので感傷にひたるひまがなかった。
 家に帰り、昨年から観たかった「デトロイト美術館展」に行くことにした。10時半ごろ家を出て、途中軽い昼食を食べ、JR山手線に乗り上野駅で降りた。公園口を出て左側に歩き上野公園へ入るとすぐ左側に上野の森美術館があった。
 知らなかったのだが今日は館内に展示された絵画の撮影ができるだった。そのためか混みあっていた。中には撮影禁止の絵画もあるがかなりの絵が撮影でき、盛んに写真を撮っていた。シャッターの音が少し気になるのと,目の前に突然腕が現れカメラをかまえて撮影するなど驚くこともあった。
 「印象派」「ポスト印象派」「20世紀のドイツ絵画」「20世紀のフランス絵画」の4つのカテゴリーにわけられ展示されている。
  「印象派」ではドガの絵が印象に残った。床の上のコントラバスが大きく描かれた「楽屋の踊り子たち」。影から光があたっているところへと視線を誘導する構成がおもしろい。
  「ポスト印象派」ではポール・セザンヌの絵が4作品展示され、セザンヌという画家に抱いていたイメージがいい方へと変わった。「サント・ヴィクトワール山」の絵は筆のタッチは大胆だが色使いや構成がとても繊細で緻密なところがありすばらしい。自分の奥さんがモデルという「女性の肖像」もよかった。
 ここには大好きなフィンセント・ファン・ゴッホの絵が2点展示されている。どちらの絵もゴッホらしい筆致と色づかいでなんどもなんども鑑賞した。多分、同じ絵をまた観ることはないだろうと思うので。ポール・ゴーギャンの絵は「自画像」が一点だけ展示されていた。
 「20世紀のドイツ絵画」でいいなと思ったのはオスカー・ココシュカ。ここで展示されている絵は第一次世界大戦の影を落としている絵が多かった。
 「20世紀のフランス絵画」は好きな画家の絵がいっぱい展示されていた。アンリ・マティスジョルジュ・ルオー、ラウル・デュフィパブロ・ピカソ、アメデオ・モジリア―ニ。ルオーは「道化」という絵が一点展示され、小さなサイズの絵だが強く印象に残った。マティスの絵の独特な平面構成と美しい配色はいつも気持ちを明るくしてくれる。ピカソは写実的な絵からフォービズムの絵まで6作品が展示され、画家のスケールの大きさ、ふところの深さを感じ取ることができた。モディリアーニは久しぶりに作品を見ることができうれしかった。
 混み合っていても絵を通して画家たちと会えたような気持ちになれた。
 上野の森美術館を出るとまだ2時半だったので、東京国立博物館で開催中の「平安の秘仏 滋賀・擽野寺の大観音とみほとけたち」を観に行った。こちらも昨年から観に行きたいと思っていた。12面観音座像は思わず手を合わせたくなるような堂々たる慈愛あふれる仏像で、人間が作ったものではあるが人間を超えている存在であることの不思議を感じた。

わが家の庭でひっそりと咲いている乙女椿や日本水仙
ほのかに赤みを帯びてきた椿のつぼみ



 山手線のアナウンスを聞きながらふと私は生きていると思へリ

 雲のふち赤く輝かせて富士山の東に日が沈みゆきぬ

 添いくれる星なけれど夕空に月はひとりでじゅうぶん美し

 甲賀の里よりおはします12面の観音さま慈愛あまね