盆の入り

 東京は今日、7月13日が盆の入り。昨日、供えする花やホオズキ、敷物、藁の牛馬などをそろえ、昨晩のうちに盆棚を飾り付けた。
 お供えは一昨日収穫した桃、今日、庭から採ってきたドジョウインゲン、ミョウガ、好物の枝豆を並べた。盆棚の右端には、さりげなく亡くなった柴犬レオの写真も飾った。
 母が他界してから初盆も含め6回目のお盆。いままでは3回は父とレオ、2回はレオがいて、6回目はレオもいなくなりわたしひとりで迎える。胸がしめつけられる寂しさがあるが、泣けないのがかえって辛い。
 レオは四十九日を迎えていないので、まだこの家にいるかもしれない。いや、レオはずっとわたしのそばにいて見守ってくれる。そう思って心をなだめるが、あまりうまくいかない。
 昨日はレオの四七日で、レオのお骨にお供えする花も新しくした。他界して28日目を迎え、大泣きすることはだんだん少なくなったが、胸のどこかが痛い感じ。涙が少しずつたまっていく感じもある。なにより、ひと月近く、レオの死のショック、悲しみ、辛さ、寂しさと闘ってきたような感があり、その疲れがじわじわと出てきた。家にいてレオのことを思い出すことに耐えられず、長い散歩をしたり、車での外出、電車での外出を重ねてきた。その疲れもある。
 昨夜、つくづく疲れたと思った。長ーい、長ーい休みがほしいと思った。これからの日々の送り方を考えなければいけない。
 今日はレオが亡くなってからはじめて、2時間ほどの昼寝をした。夜眠れなかったが昼間も眠れなかった。睡眠不足でも昼間、何かと活動していた。昼寝ができたのはよほど疲れているからだろうが、眠れたことでほっとした気持ちもある。こんこんと眠れる森の何とかのように眠りたい。そうすれば何かが変わるかもしれない。

レオの写真は右の花器にたてかけてある
レオはまだ四十九日を迎えていないので、初盆にはならない
盆棚には桃と、ミョウガ、ドジョウインゲンを供えた
近所の方にいただいた冬蜜柑も並べた


 昨夜は梅の収穫を手伝ってくれた近所の方の家で、梅の収穫以来の飲み会があった。レオがいたとき、いっしょにお酒を飲んだ人たちとまた顔をあわすことになり、レオを思い出して泣きたくなるかと思ったが、そんなことはなく、ふつうに楽しめた。ただ、胸の奥にレオのことが痛みとなって残っていることに変わりはない。
いっしょに梅を収穫した近所の方たちに、愛犬があの後すぐ死んだことを話すと、奥さんたちは寂いしいでしょうねとなぐさめてくれた。また飼えばいいじゃないという人も。それはどうだろう。こんどいっしょに旅行に行こうという誘いもあった。レオがいたときは家をあけられなかったから。これはいつかはそうなるといいと思った。
 飲み会を終え、家に帰った時がいちばん辛かった。この前は家に帰るとレオは廊下のところのガラス戸に寄りかかって、わたしを待っていた。夕食は早めにあげていたので水を飲ませたことをおぼえている。あまり調子がよくなかったこともおぼえている。
 昨夜はレオはいなく、そのことが胸にこたえたが大泣きはせず(少し泣いた)、たんたんと眠りにつけたのがかえって変だった。レオちゃん。もういないのだね。

レオのお骨はこんなふうに花や好きだったおもちゃに囲まれている
花はお盆の花とユリ以外は同じで昨日の四七日に新しくした
庭に遅れて咲いた紫陽花があったので切り花にして飾った
紫陽花が咲いているとき他界したレオ
紫陽花はわたしにとってレオの花となった


迎え火は6時過ぎ、まだ明るいとき燃やして父母を迎えた。おがらが燃える火をロウソクにうつし、盆棚に持って行き、お線香をあげた。レオのいない新しいお盆が始まった。