地震警報で目を覚ました土曜日

 早朝〈4時20分頃)、聞きなれない音で目を覚ました。携帯電話の緊急地震警報だと気付くのに数秒(?)かかり、バッグの中の携帯をを確認し、部屋の外に飛び出した。この警報は地震が起きたときいつでも鳴るわけではなく、突然のように鳴りだすのでいつもびっくりする。
 この時間に起きると眠れないことが多く、今日もそのまま起きた。こちらでは明日からお盆なので、午前中は」部屋の掃除をしたり、テーブルの上にたまっている郵便物や新聞の切り抜きなど、残すものと捨てるものをわけた。整理しながら読み返す記事が多く、時間がかかった。午前8時半ころから、昨日の続きで梅も干した。
 昨日、家を訪れた友人が茗荷の葉っぱが繁っているのを見て、「あら茗荷が・・・」と言ったのを思い出し、もう出ているだろうかとスモモや桃の木の下をさがしてみた。かなりの茗荷が芽を出し、そろそろ花が咲きそうなのもある。ざっと収穫し、きれいに洗ってお皿に並べ、葉書サイズの紙に絵を描いた。気持ちが集中できなくて、気に入った絵を描けなかった。
 夕方4時過ぎに近くの菩提寺にお墓参り。濃い目のピンク色の百合の花と、白い小菊、庭から切った黄色のグラジオラスを持って行き、手向けた。お寺から帰り、干した梅を取り入れた。1キログラムの梅は干し終わり完成した。もう1キログラムは明日も干すつもりである。
 盆棚のお飾りは今年もささやかなものだが、庭で採れた桃と、今日完成した梅干しをお供えすることにした。父が植えた腰の高さくらいの桃の苗木がこんなに大きくなり、大きな桃の実をつけるまでになったことを父に報告したいし、梅干しは父も母も好きだった。盆棚の上に今年は柴犬レオの写真を置いた。昨年のお盆はレオが他界して一か月しか経っていなかった。レオがまだ家にいるような気持ちだった。レオはわたしのすぐそばにいた。あれから一年が経ち、レオは同じようにそばにいると思っているが、亡くなったということを少しは受け入れることができるようになった。父母の仏壇の前にレオの写真を置くと、父母と同じようにこの世の存在ではないということがしみじみと伝わってくる。


収穫した茗荷は昨日家を訪れた友人にあげた


桃の甘露煮をゼリーにしたもの
ゼリーは柔らかめが好みなので、器に入れたまま食べる