雨の昭和の日、家でのんびり

 朝から雨が降っていた。一日中、雨が降ったり止んだり。あまり強くは降らなかった。コンビニに行った以外はずっと家にいた。

 炬燵に入って(ヒーターはいれないで)、パソコンに向かっている時間が長かった。

 敬愛し。憧れている歌人、永井陽子さんについて知りたくて、インターネットを使った。いくつかのブログに興味深い記述があった。

 永井さんの短歌で、比叡山のお化け屋敷を詠ったものがあったが、印象に残っていた。そのお化け屋敷に永井さんを交え、4人で行ったと書いてあるブログがあり、その前後の話もくわしく書かれていて、興味が尽きなかった。

 このブログを書かれた人は当時(20歳代の初め)、京都に下宿していてそこに永井さんが遊びに来た。他の友だち2人を交え、4人でタン̪シチューの夕食を食べ、夜を明かして連歌を楽しんだ。翌日、比叡山のお化け屋敷に行ったそうだ。

 その後も永井さんとこの方の交流が続き、この方が鞍馬に引っ越した時、永井さんから葉書が届いた。その葉書に短歌が1首書いてあり、その短歌はわたしも印象に残っているものだった。こういう状況で詠まれたものかと感慨深い。

 

比叡山おばけ屋敷はいまもあそこにあるのだらうか なう 白雲よ

 

なだらかに明日へとつづく橋を絶つそのみなかみに鶴は燃ゆるも

 

                         永井陽子

 「なだらかに」の歌は解釈がむずかしい。相聞歌ではないかという解釈があるがこの解釈に1票入れたい。

 国会議事堂図書館に足を運び、永井陽子さんの若いころ、同人誌や短歌誌に寄せた歌を調べてみようかと思っている。

 

 自分の短歌は明日30日の消印有効の短歌大会に2首送るべく、原稿用紙に書き、封筒に入れた。明日、投函するつもり。

 今日が昭和の日であることをブログを書いて初めて気づいた。昭和はわたしの生年の元号で、父や母が一番長く生きた元号でもある。なつかしく、いちばん戻りたい時代でもある。過去を振りかえって、もし戻れるとしたら戻りたいかと考えると、あまり戻りたくない時が多い。戻りたいのは柴犬レオや老犬ももこがまだ元気な時に戻りたい。

 ずっと遡って、昭和のわたしが子どもの頃に戻ってみたい気がする。あとは戻りたくなく、現在が一番いいと思っている。平成のある時代にちょっと戻ってみたい一時期がある。

 

供花とするツツジの花のそのしたに犬のうつし絵暗みてさびし

 

支流のごと枝分かれする柿の木の細枝に青く若葉のしたたり

10首の詠草を短歌誌に送る

 晴れて気温が上がる。空は雲が多めだが青空ものぞく。

 午前中、集中して季刊の短歌誌に送る短歌10首の推敲をした。2つのタイトルでそれぞれ10首を構成し、どちらを送るか最後まで迷った。

 だが今いちばん詠いたい短歌のほうを選んだ。憧れの歌人、永井陽子さんの遺愛の品などを展示した大宮図書館に行ってきたことを詠った短歌だ。 

 難しいところがあり、消化しきれていないところもある。だが現在の時点ではこれがわたしのベストだろう。もっと良くなることができると思うが、締め切りが迫ったので見切り発車をした。

 短歌誌に送ったとはいえこれで終わりではない。さらに推敲を重ねたり、もっと違う歌い方を見つけていきたい。

 4月30日に確実に届けたいので速達にした。郵便局の局員は明日午後に届くと言った一日早めのほうが先方も安心するだろう。

 夕方、バスに乗って等々力駅前にあるカフェに行った。この何日か毎日この店に夕方通っている。16年前、新潟の実家に帰る親友といっしょに入った店だ。店から出てゆるやかな坂道を上ったところにあるバス停まで友だちを送って行った。柴犬レオもいっしょだった。友だちとは生前会ったのがあの時が最後で、新潟に帰った後その年の10月に病気で亡くなった。

 それからこの店には1~2回入ったことがあるが、こんなに頻繁に通うようになったのは最近のことだ。いつかこの店に通うことを卒業するだろう。よく行ったものだなと懐かしく思い出す時が来るだろう。でもしばらくは通うことになるのではないだろうか。

柿若葉がきれい

 雲一つない青空がひろがる。悲しくなるほどきれいな空だ。純粋なこころの哀しさに似ている、今日の空は。

 今月の月末が締め切り(30日必着)の、季刊の短歌誌に送る歌を炬燵に入って、パソコンに向かいながらあれこれ考えた。10首の短歌を2案考えたが、どちらも100%とは言えない。もう少し何とかならないかという短歌がいくつかあって、何とかできずにフラストレーションがたまりそうだ。

 時間を稼いでなんとかしたい。なんとかなるようにしたい。

 昼食後、近くの和菓子屋に行き、柏餅と大島饅頭を各ひとつづつ買ってきて、二つとも食べてしまった。これもフラストレーションのなせることか!

 甘いものに満足したら眠気が来て、炬燵に添うように横になった。ぐっすりは眠らないがうとうとした。玄関の呼び鈴が聞こえたような気がしたが空耳だ。眠っているとき、例えば夜中呼び鈴を聞くことがある。これは夢の中とどこかで覚めていて聞いている。その昼版のようなものだ。

 

 昨夜のことに話が戻るが、昨夜は一度寝入った後、1時間半ぐらいで目が覚めてしまった。その時夢を見ていた。わが家に最近親しくしている友人が訪れている夢で,わたしは友人の相手をせずに自分の部屋で短歌をあれこれ考え、ボツの短歌を書いた紙をくしゃくしゃにして捨てたりしている。

 自分の部屋を出ると友人がいて、玄関の扉を開けて外を見てまた戻ってきた。家にいる父に空模様を見てくれと言われたとのこと。友人はにこにこ笑っている。父もうれしそうに笑っている。ここで目が覚めた。

 若い父が夢に出てきて驚いた。友人が家に来て、父と話したことも驚いた。

 

 結局、今日も短歌誌に送る10首を決めることができなかった。他に月末締め切り(30日消印有効)の短歌大会があり、短歌2首を送ろうと思っている。こちらは2首千円で参加する大会だ。

 夕方、バスに乗り等々力駅前のカフェに行った。カフェオーレを飲みながら、『現代の歌人140』という本を読んだ。140人の歌人の30首選が掲載されている。田谷鋭、宮英子、森村貞香、三枝昂之の短歌を詠んだ。森村貞香の短歌は久しぶりに読んだがやはりいいなあと思った。

 カフェに着いてわりとすぐスマホが鳴り、仕方なく店の隅で小声で話した。1時間と少し店にいて、帰りは歩いて帰った。満月がわが家の方向の空に出ていて、月と向き合うような感じで歩いた。

 

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柿若葉がきれいな柿の木

 

梅の木とツツジの剪定をする

 午前中は晴れて陽ざしが注いだ。うっすら雲がかかったような青空がひろがる。

 午後になりいつからか雲が多くなり、夕方近い時間はすっかり曇って雨が降りそうな空模様になった。

 朝は6時過ぎに起きたので、NHK短歌は途中から見た。何となく体の切れが悪く、テレビ体操は休み、NHK俳句も見なかった。

 美人画喜多川歌麿を特集した日曜美術館を見た。美人画の神髄を追求した画家の、さまざまな創意工夫に感心した。蚊帳の内側と外側の女性を描き分けた、その技法には驚嘆した。内側の女性の肌に暗めの緑色で蚊帳の網目を刷るという技法。いかにも蚊帳を透かして中の女性がややおぼろに見える。

 朝食後は、日焼け止めクリームたっぷりと塗って外に出た。

 駐車場の後ろ側に植えた梅の木を剪定するためだ。花後に伸びた枝が密集していて、その近くに植えたバラの木を日陰にしている。このバラは父が生前買ったもので、ここに植えたのはわたしだが、なるべく長く花を咲かせてほしいと思い、必要最低限だが手入れをしている。

 梅の枝をかなり大胆に切り詰めた。その左横に植えたツツジも花が終わったので今年伸びた枝を短く刈り込んだ。右横のコデマリは軽く枝を切った。下草になっているドクダミやシダなども引き抜き、かなり風通しがいい状態になった。

 切った枝の後始末はそれほど大変ではない。切った枝の分量や葉のかさばり方が少ないから扱いやすい。昨日のベニカナメとネズミモチの枝は大変だったが。

 父が買ったバラも、枯れた枝や細すぎる枝を切って、すっきりさせた。大きくしなっている枝も花がたくさん咲いているが切った。これは家の中で飾って楽しむことにする。

 

 

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アンネ・フランクの薔薇が二つだけ咲いた、樹勢が衰えてもう花は咲かないと思っていたのでうれしい驚き

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父の買ったバラは梅の木の下で細々咲いているが、梅の木の枝をこの後切ったのでだいぶ日当たりと風通しがよくなった

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プランターに植えた矢車草

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アンネ・フランクのバラを切り花にした、花が咲くと木に負担がかかるから。父のバラは伸びすぎた枝を整理して切り花にした

 

ベニカナメの剪定をはじめる

 昨夜は遅い時間にラインのやりとりがあり、珍しく0時を過ぎてから眠りについた。朝はいつもと同じように5時過ぎに目が覚めた。

 晴れて気持ちのいい天気だが近所の店に買い物に行く以外はずっと家にいた。

 と言っても家の中ではなく、午後からは庭に出て庭木の剪定をはじめた。

 家の裏手に植わっているネズミモチの伸び放題の枝を短く切り詰めた。ベニカナメの剪定をしようと裏手に回ったのだが、ネズミモチの伸びた枝に花が満開なのを見て、このままにすると種子から実生で増えると思い、切ることにした。

 ネズミモチの剪定を終え、やっとベニカナメにとりかかれた。

 手始めに今日は5本ほど剪定した。

 枝を切るよりも切った枝の後始末のほうが大変だ。ベニカナメを剪定しながら、背丈を伸ばし花が咲いているハルジオンやぺんぺん草などの草引きもした。しばらく草取りをしなかったので、家の裏は草も伸び放題である。

 ベニカナメはあと20本以上はあるので、時間をかけて剪定するしかない。草むしりも同時にしながら、家の裏とはいえ、なるべくきれいに保ちたい。

 近所の店で買い物をしていると、近くの特別支援学校にあるカフェでときどき見かけた男性に声をかけられた。カフェによく一緒に来ていたお母様が亡くなったこと、あの時カフェで会っていた人とまったく会うことがなくなったことなどを話した。

 コロナウィルスの感染拡大がはじまる前は、近隣の人たちと特別支援学校のカフェで週に2回は会っていた。そういう時間がいつの間にかなくなってしまったことを改めて思った。

歌友から借りた雑誌「短歌研究」を読む

 朝から晴れてきれいな青空がひろがった。

 陽ざしがたっぷりで庭の青葉も日を追って大きくなっていく。

 昨日は歌会があり、歌会がある日の夜は睡眠不足になりがちだったが昨夜はぐっすりといつもと同じ時間を眠ることができた。

 歌友から「短歌研究」3月号を借りたので、昨夜から読み始め、今日も朝から読んだ。著名な歌人の30首詠は読みごたえがある。

 そのなかに名前を知らなかった歌人の歌があり、どのような歌人なのかインターネットで調べてみた。佐藤通雅さんという方だ。

 佐藤さんの歌集『強霜』について紹介しているウェブサイトの記事に、偶然とは思えないような短歌を見つけた。

 最近愛読し、今週の火曜日には大宮までその遺愛の品々を見に行ってきた歌人を偲んだ挽歌だ。

 

どちらかといへば夕陽の国のひと「永井陽子」を手の届く位置に

                      佐藤通雅『強霜』より

 歌人の名前、陽子の陽は夕陽の国の人を表しているのだろうか。同じ陽でも太陽の陽ではなく、夕陽の陽。わたしの亡き友も同じ陽子という名前だったが、こちらはどちらかといえば太陽の陽だった。

 「夕陽の国のひと」という美しいことばは永井陽子さんにふさわしい賛辞だ。

  

  夕方近く、庭の花を切り花にして、近くの友だちの家に持って行った。昨年愛犬を亡くした友だちは遺影のそばに花を欠かさなという。少しでも役に立てばと思って。

 家に帰って、いつものカフェに行こうと準備していると別の友だちからラインがあった。午後こちらから送ったラインの返事で、こちらからまた返した。その返事が来たが暗くなりかけていたので、スマホを持ったまま外に出た。また返事をしながら、バスに乗り、ときどき足を運ぶ駅前のカフェに向かった。バスに乗るとき、前方で事故があったようでパトカー数台、白バイなどが止まり、赤い警告灯がちかちかしている。片道だけ車が通れる状態だが車の通りがそれほど多くないので、それほど待たずにバスは動いた。

 カフェには1時間ほどいて、帰りもバスで帰ってきた。上空に半月から少しふくらんだ月が出ていた。来週は満月が見られる。

 

 

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鷺草の芽がだいぶ大きくなった

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オオムラサキツツジは満開に

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初夏の陽気、武蔵小杉の歌会へ

 日中は気温が上がり、半袖でもいいくらい。

 陽ざしもたっぷりで紫外線が降り注いでいるのが目に見えそうだ。

 午後から歌会があるので午前中は準備をした。19首から5首選ぶのだが、選び方がむずかしい。技術的にしっかりした短歌を選ぶか、詠っていることにおもしろさを感じる歌を選ぶか。どちらも兼ね備えている歌がいちばんいいのだが、なかなかそういう歌がなくて・・・・・・。

 でも何とか折り合いをつけて5首選んだ。

 この四月からバスの運行時間が変わり、さらに平日は武蔵小杉行きのバスの運行がいっさいなくなった。多分、コロナウィルスの感染拡大に対応した措置だと思うが、バスに乗って県境を超え、武蔵小杉まで行けることがどれほど便利だったかを思い知った。

東京都と神奈川県の境に丸子大橋があるのだが、スカイブルーの橋をバスや車で渡るのが好きで、いつもわくわくした。バスの運行がなくなり、そんなささやかな楽みもなくなった。

 簡単な昼食を食べ、最寄り駅まで坂を上って行き、電車で武蔵小杉に着いた。

 歌会の参加者は6名、皆さんの歌は19首。ひとり歌だけで参加して、歌会は欠席している人がいる。

 前半と後半に分け、途中15分ほど休みをはさんで歌会が行われた。一首一首を取り上げて、その歌を選んだ人を中心にどこかよかったかとか、何か問題点があるかなどをみんなで話しあう。短歌についての話から脱線することもしばしば。

 泰山木という木の漢名が洋玉蘭ということを初めて知った。わたしの歌でアマビエを詠んだ歌があり、アマビエを知らない人がいたので少し驚いた。自分にとっての当たり前が他の人にはそうでないことを知ることができた。

 わたしが歌会に出した歌は

 

ジャスミンの花咲き初むと隣家より甘き香りの知らせがきたり

 

大海よりはるばる来たる満ち潮が音をたてをり桟橋打ちて

 

落ちる水アマビエに似る噴水が公園の道沿い十あまり

 

 歌会の後、4名でいつもの店に行った。ひとりは夕食にスパゲッティを注文し、他3名はティラミスと珈琲のセットを注文した。ボリュームのあるティラミスは甘みがほどよくてぺろりと食べられる。

 

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家路の下り坂途中で撮った、はるか向こうに富士山のシルエットが