梅が満開近くになった

 冷たい雨が降る数日を経て、青空がひろがった。

 雨の庭を歩きながら、梅が咲き始めたのを見てた。早く咲いた花は花びらを散らすものもあり、早く晴れてた空のもとで花を見たいと願っていた。

 晴れただけで鬱の6割くらいは消えたようだ。青空のもとに見る花は心を浮き立たせたり、うつを和らげる力がある。

 思い立って、長い間借りっぱなしになっていた本を車で図書館に返しに行った。一冊返す本を持って行くのを忘れたのに気づいたのは図書館に着いてからだ。あとで郵送することにした。

 この図書館で歌集をよく借りて読んだが、一度リセットしようかと考えた。ひと月かふた月ほど、本を借りない時間を作ってみたい。その代り、図書館にこちらから行くことにしよう。

 いままで継続を当たりまえと思っていたことを見直すのも悪くない。見直してまた始めることもできる。

 図書館で本を返してから、短いドライブをした。駒沢オリンピック公園をめざして、ぐるりと回って帰って来るコースだ。車を運転しながらいろいろなことを思い出した。

 三年前、九品仏という街に住んでいた友だちと駅前にあるイタリア・レストランに行ったこ。この駅はわたしの最寄り駅の一つだが、夜になりレストランへの道を迷ってしまい、友だちが迎えに来てくれた。線路の近くで電車が通ると二階の席が揺れた。向かい席に座る友だちの顔がとても深刻な表情を浮かべているのに気づき、内心驚いたことも思い出した。もちろん、そういう表情は長い時間ではなく、食事をしながらおだやかに談笑する時間がほとんどだった。

 さらに車を進め、駒沢オリンピック公園の中を走る道路に出た。この公園にはなんども柴犬レオを連れて来たことがある。死んでからはレオを偲んでひとりで何度も来た。老犬ももことはいちどだけこの公園を訪れた。いちどだけ、というのもかけがえのない思い出になっている。

 さらに車が進み、目黒区の図書館がある一角を通り過ぎる時、柴犬レオを思い出した。地下に駐車場があり、図書館に本を返しに来た時、レオが一緒に来たこともあった。図書館で用事をすませ、車に戻ってからレオを連れ出し、広い敷地を散歩したことが何回かあった。敷地内にはレストランやカフェもあり、犬が一緒に入れる店もあって、二回レオといっしょに入った。

 思い出を綴りながら車を運転し、家へと向かった。

 車を駐車場に入れて、玄関に向かうと紙袋が傘立てにかけられていた。中には一筆箋があり、「一日早いがお誕生日おめでとう」と書かれてあった。近所の友だちからの贈り物だ。

 さっそく、電話をかけてお礼の気持ちを伝え、しばらく話した。友だちはだいぶ前に被害者となった車の事故の後遺症がなかなかなおらないと訴えた。車の助手席に犬を乗せていた女性が犬に気をとられ、友だちの車のほうに寄せて来た。友だちは逃げ場がなく、車の運転手席側にぶつけられた。その時の衝撃で後遺症が出たようだ。事故当時はまったく痛みがなかったという。

 

花壇ではヒヤシンスの芽が伸びてきた

青紫色のクロッカス、そろそろ咲きそうだが晴れた日でないと咲かないので明日は無理かも