久しぶりに駒沢オリンピック公園へ

 朝は雲一つない青空がひろがった。

 風は冷たいが陽ざしはあたたかい。ガラス戸越しの光はもう春の色に変わっている。冬の光と春の光はぜんぜん違う。

 午前中早い時間、昨日配れなかったマスクと石鹸を配り、12世帯分の受け取りのサインが記された紙を町内会のまとめ役まで持っていった。

 お昼までは昨日に続き、築地正子の歌集を読み、昼食後は車でホームセンターに行った。よく行くホームセンターは二か所あって、こちらは小ぶりのホームセンターで比較的近い。もう一つは大きなホームセンターで少し離れている。今日行ったのは近いほうだ。

 買いたいものをメモ書きしてそれを見ながら買い物をした。メモにないものも買った。外にある園芸売り場で、カンパニュラの苗を見つけてしまい、どうしても買いたくなった。白とピンク、ブルーの三色の花色を買った。

 買ったものを車に載せて、ホームセンターを後にし、駒沢オリンピック公園の方向へ。

 2月は5年前、老犬ももこと初めてドライブした、忘れ難い月だ。ドライブの行き先は駒沢オリンピック公園である。ももことは病院に車に乗せて行くだけで、散歩とか遊びで車に乗せたことはなかった。初めてのドライブだったが、ももこの調子があまりよくなく、行先の駒沢公園ではほとんど歩かなかった。

 衰えがめだつももこと行った駒沢公園がわたしの中で忘れようとしても忘れらない思い出になっている。駒沢公園は車でよく通り過ぎるがいつも老犬ももこのことを思い出す。

 今日は公園の駐車場に車を停めて(ももこがいたときそうしたように)、公園を歩いた。あの日はドッグランの周りをほんの少し歩いただけだった。あの日と同じように歩いたが辛くなってきたので、あの日のももこが歩けなかった広い公園の他のエリアへと足を向けた。

 青空に形のいい雲が浮かんでいて、2月だが春のような一日だ。広い広い広場に出るとこんどは柴犬レオを思い出した。レオとは数えきれないぐらい駒沢公園に散歩に訪れた。レオが亡くなった後もレオを偲んでなんども訪れた。レオと来たのかわたしひとりで来たのか、記憶が交じり合っている。でも、レオとこの公園で過ごしたあの日あの時が鮮やかに記憶に残っているものもある。

 遠い遠い時間だなとしみじみ思った。遠いけれど忘れられない時間だ。 

 あれからわたしも変わったなと思うと寂しくたまらない。

 遠すぎてあの時間に手が届かないが、ほんとうにほしいものはレオやももことの時間ではないだろうか。

 現在や未来にほんとうにほしいものはあるのだろうか。今ほんとうにほしいものはなに?さあ?未来なんてもっとわからない。

 

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写真の木立の手前に駐車場がある

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庭に置いてある盆栽の紅梅がほぼ満開