永井陽子の『ふしぎな楽器』を読む

 初冬の風が吹く一日。陽ざしはあるが風が冷たい。もわっと暖かかった11月は完全にどこかに行ったようだ。

 昨夜も不足していた睡眠をとり返すかのようによく眠れた。NHKBS3の「なぜエヴァンズに頼まなかったか」というアガサ・クリスティ原作のドラマ化作品を見ていたが、後半眠くなり、それでも最後まで見た。不穏な雰囲気の中、ドラマは終わりを迎え、次週に続く。

 テレビを見ているとき、友だちからラインがあり、テレビを見ていること、眠くてたまらないことを伝えた。眠いのでラインのやりとりも気が進まなかった。

 10時頃、布団に入り、15分くらいで眠りに入り、朝は6時半過ぎに目が覚めた。8時間以上眠ったはずだ。

 二晩よく眠って、やっと眠れなかった負債をとりもどした。

 これで元気になれたかというと不思議とそんなことはない。

 パソコンに向かい、自分が詠った短歌を入力するなど家のなかでやることをやった。庭に出て、やりたい庭仕事はいくつもあるのだがその気持ちになれない。

 午後は心が動いて、『永井陽子全歌集』を手に取った。ぶ厚い本だ。ふとまた心が動いてこのなかに収録されている「ふしぎな楽器」という永井陽子の第4歌集を読んだ。なんどか読んだ歌集だが、心のなかに入って来る、その入り方が前と違う。すうーと入ってきた。なんども読んでそれでも意味がとれない歌もいくつかあった。これは宿題としておこう。

 「ふしぎな楽器」の最後にはエッセイが4本掲載されている。これらは同人誌「詩線」に初掲出されたものだ。短歌もエッセイもすべて詠み終えて、不思議な感じが残った。わたしの内に歳月が流れたという手ざわりがあった。時間がすぎて、同じ歌集を読んだ時のこころの感応の違いを明らかに知ることができた。