昨日は蓮月というレトロなカフェへ

 今日、日曜日はどんよりとした曇り空で小雨が降ったり止んだり。わたしはまったく外に出なかったので、掃き出し窓から庭を眺めて得た情報だ。

 昨日、土曜日は今日とはまったく違って秋のおだやかな晴天がひろがった。

 蒲田の歌会の仲間と、池上線の池上駅で待ち合わせ、まず池上本門寺をめざした。96段あるという正門に向かう階段をのぼった。石で作った階段だ。

 実は池上本門寺で菊祭りを開催しているとネットで得た情報があり、見に来たのだが間違っていた。ネットでは11月末まで、と会ったが、実際は池上本門寺ではなく坂を降りたところにあ11月11日ころまで開催されたようだ。

 仲間に菊祭りを見に行こうと言ったのはわたしなので、勘違いをあやまり、墓苑に向かった。力道山墓所がある。少し歩いたところに、力道山の胸像がある墓所があった。山茶花の木が3本植えられ、その一本が満開だった。多分、獅子頭という名前のさざんか。胸像の背後に後光のような濃い紅色の花だ。今日年39歳だった。

 墓苑を少し歩いてから先ほどの階段を降りて、いちばんの目的である蓮月と言うカフェに向かった。ここは元は日本蕎麦屋だった古民家をカフェにしている。

 店に入るとすぐレジがあり、ここで注文し、できると知らせてくれる端末を渡される。靴のまま土間から木の床へ上がり、奥は換気のため床までの窓が開いている。そのまま部屋を出て庭に行き、雨でも大丈夫な屋根付きのところの席を選んだ。仲間が言うには日当たりがいいから、と。わたしは柿の木の下に置いた椅子とテーブルのほうがいいと思ったが、「柿の落下に注意」とあるのでやめて正解だったかも。

 仲間はホット珈琲を、わたしははちみつ入り紅茶を注文。

 飲み終わったころ、日当たりのいい席が空いたので移動した。

 仲間は蒲田の歌会に参加するようになり7~8か月だが、やめる方向で考えているようだ。グループラインは配信停止にしたとのこと。仲間といる間、わたしのスマホにグループラインがひとつ送られてきたが仲間のスマホには送られなかった。

 別の歌会へ見学に行ったようで、そこに新たに参加すると言った。ここはわたしが教えた歌会で、以前、ここも選択肢の一つだったがわが家から少し遠いので、蒲田の方を選んだのだ。蒲田からさらにバスで20分くらい乗るそうだ。

 蒲田の歌会に不満を持っている仲間だが、わたしも現在蒲田の歌会で会長を務めている人に止める可能性を伝えた。会の活動に必要な雑務のひとつをやってくれないかと依頼され、ことわったがそのことが止めたい気持ちを強めた。

 会長である人の、わたしに対して何かを誘ったり、依頼したりするときやり方が好きになれない。わたしが断われないように(ことわり憎いように)、話を持ってくるそのやり方がよくない。きっと、これからも同じようなやり方で誘われたり、依頼されたりするのかと思うと、考えてしまうのだ。

 このことを仲間にも話した。

 考えたいことがいくつかあるので、すぐに結論は出さない。

 自分のなかで、納得がゆくまで(そんなに長々考えないが)考えて、次の一歩を見つけよう。

 古民家カフェの庭は庭木が何本も植えられ、紅葉した柿の木があり、さまざまな小鳥が飛び交っていた。スズメほどの大きさだがスズメではなくで、目白は見分けがついたが、もう一種の小鳥の名前がわからなかった。

 小鳥が飛び交うのは見ていると楽し気に見えるがどうだろう。さえずりの愛らしさ。鳥によってさえずりが違うので、いくつものさえずりが交じり合い、音曲のように聞こえる。

 夕方近くになり、庭の空気が冷たくなったので、ストーブのある室内に移動した。窓はあいかわらず開けっぱなしだが、ストーブの熱がありがたかった。

 

 

 今日、日曜日はずっと家にいた。

 午前中、ガス工事の業者から電話があり、午後の予定を午前に変えてくれないかと言うので了解した。午後1時から3時の時間帯を予約したが、近くに来たので、と言うのでそれならばと思った。

 ものの数分で、台所の煙探知警報器の交換がすんだ。5年分の料金は一括払いした。

 お昼近く、午前中にこちらから電話した浜松の友だちから折り返しがあり、1時間半ほど話した。友だちは短歌を詠むことはしていないが短歌に興味があって、いろいろ話した。短歌を詠んでいる仲間と話す内容よりより高度の話かもしれない。韻とか律の話で、わたしも今勉強中なのでそんなに確かなことは話せない。ただ、読んだ本から得た知識を話した。

 お昼過ぎ、電話を切り、昼食を作って食べた。朝から疲れていた感じがあったが、昼食後しばらくして疲れがピークになったみたいで、炬燵の横に枕を持ってきてごろりとなると寝入ってしまった。

 目が覚めると5時過ぎで、寝ぼけて朝の5時かと瞬間思った。だがいろいろ考えあわせて早朝であるはずがない、と気づき、そうか夕方となった。

 夕食の支度などで体を動かし、さっきの妙な感覚は消えた。

 これだけ籠る日は久しぶり。籠って少し元気が戻ってきたような。