家に来た友だちと1時間あまり話す

 少し気温が上がり、やや薄着がちょうどいい、11月の最初の日。 

 掘り炬燵のヒーターは入れずに、居間のエアコンだけで暖をとった。

 お昼前に友だちが自転車でやってきた。

 いつものように居間でいろいろ話した。友だちはわたしの子供と言ってもいいほど若いが、最近前ほどたくさんお酒を飲むことがなくなったという。まわりの友だちが結婚して、そんなに無茶なお酒の飲み方をしなくなったし、年をとってきたのかなと言う。

 翌日の仕事のことを考えるとね,とわたしが応じると会社に入ったばかりの頃は朝まで飲んでいて、シャワーをあびてから出勤したこともあった、と友。 

 そうだよねとわたし。わたしも二十代の初めころは(すごいすごい大昔だ、友だちにとってはせいぜい5~6年前だが)、新宿・歌舞伎町で終電を乗れなくて、終日営業の店に入って始発を待ったこともあったと話した。

 友だちは朝まで飲むことが苦にならないというか、当たりまえのように店をはしごしていたことがあった、と。

 若い友だちと話したおかげで、わたしが若かった大昔のことを思い出すことができた。 

 友だちは先進諸国でいちばん所得の伸びが低い日本の現状を憂い、今のわたしと同じ年齢になったとき、日本は(つまり友だちの老後は)大丈夫だろうかと思うことがあるともらした。

 40年以上も後のことだが、確かにその時老後を迎える友だちが不安に思うのがわかる気がする。

 わたしが友だちと同じ年齢の頃は日本は高度成長の後期にあたり、未来はかなり明るかった。その後10年くらい経ち、バブル崩壊を迎えるのだが。

 お茶を入れ替え、歌友からもらったチョコレートなどをすすめた。お昼少し過ぎたころ、友だちはレンタル自転車に乗って帰った。

 午後は浜松に住む友だちに電話をして、箱根のポーラ美術館に行く打ち合わせをした。最初は小田急線のロマンスカーに乗り、箱根湯本から行くつもりだったが、美術館のアクセスの案内を見ると新幹線で小田原に出たほうが早そうなので、こちらを選んだ。

 友だちは浜松からなので小田原で待ち合わせをすることにした。ポーラ美術館は山奥にあるのだろうか。かなりアクセスが不便である。