年賀状を書き始める

 昨日と打って変わって寒くなった。午前中から小雨が降る。

 昨日から年賀状を書き始めた。何日か前にパソコンに絵をスキャナーして取り込み、筆グルメを使って賀状の裏面(通信面)をレイアウトした。これを昨日から年賀はがきに印刷して同時に書き始めた。

 10年前は百何十枚かの年賀はがきを書いたがいつのまにかその半分以下に減った。喪中が二回あり、そのつど枚数が減り、仕事をしなくなったので仕事関係の年賀はがきがなくなり、がくっと減った。

 今年はあっけないほど早く年賀状が書けそうだ。枚数が多い時は大晦日も書いていたのに。枚数が多い時はいつか年賀状の枚数を減らしたいと願っていたが、実際減ってしまうと多かったときがなつかしい。

 なんであんなにいっしょうけんめいに書いていたのだろう。もう二度とそういう時が来ないからなつかしく思うのだろう。

 午前中は近くの特別支援学校に行き、校内の菜園で採れたほうれん草を一束買った。校内のカフェではハーブティーを味わい、知人と談笑した。

 知人のひとりがいい友だちほど早く逝ってしまう、と言うと、わたしがいい人でないから長生きしている、というひとりが言った。それに対して、その知人はあなたは友だちと言うほどではなく、知人だから大丈夫と言った。

 友だちと知人をわけるものはなんだろう。わたしのなかでもはっきりしていないところがある。友だちとこのブログに書いて、友だちだろうかと思うことも。

 この知人は妙な照れから、友だちでなくて知人と言った可能性もある。

 

 朝早めの時間に近くの川べりを歩くと、橋の下に三羽の軽鴨がいた。二羽はわりと近めで、もう一羽は少し離れ、二等辺三角形を形作っていた。

 もしかしたら二羽はつがいで、もう一羽はその近くにただいるだけかもしれないと思った。もしかしたら、わたしがルパンと名付けた軽鴨かも、と。

 少し時間を置いてまた川べりを上流へ歩くと、二羽が仲良く草を食べていて、そのさらに上流にさっきの一羽がいた。

 この一羽は軽鴨ルパンにちがいない。ほっと心に灯がともるような気持ちになった。

 

ただ一羽の軽鴨恋したわむれにわれがルパンと名付けし一羽