母の命日

 一日中寒かったが日中は陽射しが温かい。
 老犬ももこの散歩が縁でおつきあいしている〈散歩するなど)友だちと特別支援学校で待ち合わせた。今年初めての売店が開かれ、校内のカフェも今日から営業する。葉がついた大根や蕪、小松菜を買った。カフェでは入れたてのコーヒーを飲んだ。お客さんは友だちと二人だけで後になって一人来たが少ないので友だちは驚いていた。ももこがいた頃はわたしと他一名ということがよくあったので、かえってお客さんがいないとなつかしく思えた。
 今日は母の9年目の忌日である。最近は弟がお墓参りに来ることが多く、いっしょに行っていたが今年はわたしひとりで行くことにした。午後、車で花屋さんに行き、供華をそろえた。百合の花とスイートピーアルストロメリアである。年数を重ねるにつれて供華が少しづつ質素になってきた。母はあの世から花の変化を見てなにか思っているだろうか。いいよ。気にしないでいいよと言っているような気がする。生きているときも多くは望まない母だったから。
 お寺に歩いて行き、墓地を見渡すとどのお墓の供華もくたびれているようだ。わが家の花はまめに水を替えに行ったためか、年を越してまだ元気で千両の実だけがきれいになくなっている。花立の水を替え、古い供華の千両だけを取り除き、黄色の菊とピンクのストックはそのまま残し新しい供華と共に束ねた。一気に華やかになった供華を母に手向けることができてうれしかった。


 九年目迎へる母へ百合の花供華に選びて思ひこめぬ

 終わりしビオラの花摘みつつわが犬おりし昨年(こぞ)を思ひ出づ

 細枝に残る柘榴つゐばめり大きな身ゆらしつつ鵯(ひよどり)は

 万両の赤き実ひとつくはゑて鵯の遅い昼食

 ももこちゃんいないの?とつぶやけばとめどなくいないことわきくる

 ときどきの思ひ抱きて見し梅よ六十余年生きぬこの庭に

 極貧なれど片親の愛に育てられし子 恩返しを誓ふ

 涙浮かべ女(おみな)は語る貧困の遺伝はわが世代で止めると

 野蒜とふ野草いちばんおいしかったと貧困の生活語りたる