青紫色のクレマチスが花開いた

 10数年前に小さな鉢植えを買い、大きな鉢に植え替えながら育ててきたクレマチスが今年も咲いた。
  つぼみが大きくなったなと数日前に眺めていたが、咲くときは早い。昨日数個の花が咲き、今日はさらに多くの花が開いた。花は咲いてしまうと後は咲き終わるばかりなのでつぼみを見ているときがいちばん好きなのだが、やはり花が開くのはときめく心地がする。

 クレマチス青紫の花びらが恥じらいひらく母の夢かも

 亡くなった母はこのクレマチスが好きだった。紫色が好きで若い頃着た紫色の藤の絵を染めた着物をわたしに残してくれた。生前は高齢の母と暮らしながら母に若い頃があったとはあまり考えなかったが、いなくなってみると若い頃の母に思いを馳せることがある。母にもいろいろな夢があったにちがいない。夢がかなうことはあったのだろうか。あまり思い通りにならなかった人生だったような気もする。その一部はわたしのせいでもある。

 紫陽花の若緑の葉 耳すまし遠い雨音なつかしみおり

 老犬ももことのすれ違い。ささやかなことだが。ももこが夕食を食べた後しばらくたってトイレのために外に出した。おしっこをした後、まだ外にいたいようなのであまり歩かないがときどき歩いたり立ち止まったりしていた。もういいかなと思い、道路から駐車場のスロープを庭へ上ると、ももこは踵を返してまた外の方向へ。道路に再度出て、行ったり来たりを何回も繰り返した。足もとがおぼつかないのであまり歩かせたくなく、もういいでしょという感じで家に戻った。ところが玄関からももこを抱き上げて廊下に下ろすと、そこでぺたっと座りこみうんちをしたのである。あれだけ外にいたのに・・・・とがっくり。あと1分長く外にいたらよかったのだが、そんなことはこちらにはわからない。ももこはきっともう少し外にいたいと思ったのだがわたしにせかされて家に戻ったというのが本音だろう。

 
10数年育ててきたが名前は知らないクレマチス
今年も咲いてくれてありがとう

こちらも名無しの薔薇
父が十数年前に買い求めた薔薇である