朝顔の花を描く

 台風が近づいているので、朝顔の花を描こうと思った。風雨にあえば、どうなるかわからない。痛む前に絵に描いて残しておこう。
 朝顔の前に立って鉛筆でスケッチし、デジカメで撮った写真で彩色した。スケッチした後、朝食をとり、1時間くらい後に朝顔を見に行ったら、花の縁の形が変わり、しわが多くなっていた。時間がたつと花の形が変わるので写真を撮って置いたのがよかった。
 お昼過ぎまで絵を描き、簡単な昼食を食べた後、近所の犬友だちの家へ。昨日行った世田谷美術館のささやかなお土産を届けた。珈琲と珈琲プリンをごちそうになり、しばらく話した。
14歳になる友だちの愛犬が椅子に座っているわたしの足元に寄ってきて、あいさつをしてくれた。手を伸ばしてそっとなでた。
 帰り際、お惣菜を詰めたものをいただき、家を辞そうとすると友だちが「○○ちゃん」と愛犬に声をかけた。その子はわたしの足元に眠っていたが、声をかけられ、ぼーっとした顔を上げた。「○○ちゃん、帰るよ。こめんね、お邪魔しちゃったね」とわたしは話しかけた。目覚めたばかりの顔になぜか昨年亡くなったレオの面影を見て胸がぎゅっとなった。
 家を訪ねてきた人に声をかけられ、かまわれるのはこの犬にとって、うれしいことなのではないか。わたしたちが話している間もうつらうつらと眠りながら、飼い主んさんやわたしの楽しげに話す声を聞いて安心していたのだろう。帰るとき、この犬のことを忘れていたが、家族の一員だから声をかけて帰るのが当然だった。友だちが愛犬に声をかけなかったら、わたしはそのまま帰っただろう。
 振り返ってレオのことを考えると、父が亡くなった後は家を訪れる人も少なく、レオは寂しかっただろうか。それともわたしと二人で家に居られて、よかったのだろうか。家の中で家族と暮らす犬は、自分を家族のひとりを思っているから、ちょっとしたことでも話かけられ、自分のことを気遣ってくれていると感じると幸せになるのだろう。レオをわたしは幸せにしただろうか・


青色の朝顔はウルトラマリンとブルーを混ぜて彩色
紫色のほうは、ウルトラマリンとマゼンタを混ぜて彩色した