サクラの木の上のカラス

 老犬レオの夕方の散歩はいつもより遅くなり、すっかり暗くなっていた。いつもの家の近くの用水路沿いのサクラ並木までレオを抱いて行き、そこでリードをはずして好きななように歩かせた。
 といってもくるくる回って少しも進まない。わたしは時々、レオを見ながら考え事をしていた。ふとサクラの木を見上げると、黒い影が見える。えっ!と思い、よく見るとカラスのようだ。羽を閉じ、身動きしないで枝にとまっている。
 カラスといえば、燃えるゴミの日にゴミ目当てで集まってきたり、電線にとまって排泄物を落したり、最近はやたらカアカアうるさく、他の鳥を追いかけたり、巣作りの枝や針金などを運んだりなどの姿は見かけるが、こうして夜の木の上で身動きせず止まっているのを見たのははじめてだ。
 レオはあいかわらずくる回っているので、いろいろ想像をめぐらした。いまは産卵の季節だが、つがいになれなかったカラスが一羽で夜を過ごしている。いや、つがいのオスが、子育てに夢中のメスに邪魔だからどこかに行っていて、といわれ、巣に帰れないでいる。それとも、巣に帰る前に、今日は大変な一日だったなとひと休みして、一日を振り返っている。カラスは犬より知能が高いのでこれくらのことはするかも。だんだん考えることが現実離れしてくる。
 と、いちばん的を得ている解釈がひらめいた!このカラスはつがいのオスのほうだ。でも巣から追い出されているのではない。今、巣ではメスが抱卵しているがその巣をここで守っているのだ。多分、サクラの木から少し離れた常緑樹に巣を作ったのだろう。その巣のある木が見える他の木の上で、あえて自分の体をさらして止まっていることで、外敵の目を巣からそらしているのである。
 カルガモやキジも巣で抱卵しているとき、つがいの一方があえて外敵(この場合は犬や人間)の前に姿をさらして、おとりとなって巣とは違う方向に外敵を誘導するのだ。レオが若い頃、河川敷で散歩していた時、カルガモの巣の近くでオスのカルガモがレオを巣から遠ざけるためにあえて飛ばないで、走ったり、川の中を泳いで逃げた。レオはそれを追いかけ、40分くらい行方不明になったことがある。このカラスは木の上でとても目立つし、わたしはカラスのほうだけを見ていた。多分、カラスがいる木とは反対側の木に巣があるのだろう。
 これを考えている間、レオはくるくる回りつつ、ときどきまっすぐ歩いて用水路のまわりをぐるりと一周した。距離は100mもないと思う。


用水路のサクラも散り始め、花びらが川を流れる。カラスがいたのはここのサクラの木の上


チューリップが咲いた花壇