ありがとう、さよなら

 夕刊を見たら、一面に吉本隆明さんが逝去したという記事があった。87歳だった。10代の後半から20代にかけて、よくわからないままに著書を読んでいた。自ら吉本隆明の本を選んだというより、友人や仲間たちが読んでいたことが刺激になって読み始めたというのが本当のところだ。だがいろいろなことを考えるきっかけをつくってくれた。若者特有の反抗心みたいなものの拠り所になっていた面もある。難しい本と思ったこともあるが、けっしてわかりにくい語り口ではない。むしろ平易できどったところのない、わかりやすい文章だった。20代のはじめに集中的に読んで、その後は新聞で論表を読んだり、時折、著書を買ったりした。吉本隆明さんの本とは遠い世界で生きているが、今、あのとき読んだ本を読み返せば同じような感動を体験できるだろう。時間がたち、人は変わるかもしれないが、半面では変わっていないのかもしれない。いっしょうけんめいあなたの本を理解しようとした、あのときの時間をありがとう。ご冥福をお祈りします。
 10代の終わり、父親への反抗心から家を出たが、今思うと吉本隆明さんは本を通してわたしの父親的なものであったかもしれない。規範とか、自立とか、流されないということを教えてくれた。

 話は変わるが、今朝は庭に植えた樹高の高い常緑樹(名前がわからない)にやってくるカラスと小競り合いをした。庭に出て愛犬レオに、水を飲ませているとき、カラスが頭くらいの高さをこちらに向かって飛んできた。わたしはキャーと叫び、水をこぼしてしまった。カラスは一階のひさしにとまり、こちらを見ている。威嚇しているようだ。自分の家の庭でカラスに威嚇されてたまるか。カチンときたわたしはたまたま側にあった高枝剪定バサミを手にとって、威嚇し返した。カラスはすばやく退散した。カラスが木の上に巣をつくるのでは、と心配。木の枝を盛んに折って、根元にカラスが折った枝がたくさん散らばっている。巣を作るために枝を折っているのだろうか。