97歳の女性写真家からのエール

友だちがいろいろ話してくれたのが気になって、『好奇心ガール、いま97歳』(笹本恒子著)という本を読んだ。
大正3年生まれ、今年で97歳になる現役女性写真家が書いた本だ。
母が大正4年生まれなので、同年代の女性の話を読んでみたい気持ちもあった。
’9歳の誕生日の日が関東大震災’という話は、母の関東大震災時の話と重なった。
当時、大塚に父母や妹と住んでいた母は、震災の日が引越しの日で、新居の川崎方面に荷物を積んだトラックを
送り出した後、震災にあったそうだ。外に出ると、母の目の前で地割れがし、妹をおんぶした祖母が半狂乱になって母に注意したと話していた。
ただ、この本に書かれているのは、同年代といってもいわゆる良妻賢母的な生き方をした母とはまったく違う生き方。
26歳で日本ではじめての女性報道写真家になり、ストロボもない時代に、
フラッシュバルブ(閃光電球)を使っての、緊張の連続の撮影は、
今のような機材が揃い過ぎている時代にはない、臨場感がある。
結婚をしてからも理解のある夫に支えられ、写真家の仕事を続けるが、家庭生活に縛られるのを嫌い、
仕事一筋をめざして別居、そして離婚。
だが、第一次安保闘争後、廃刊する雑誌が多く、写真家の仕事が少なくなる厳しい時代になり、廃業を余儀なくされる。
2番目の夫との生活は、洋服の仕立て屋やフラワーデザイン、インテリアコーディネーターなどの仕事で彼女が生計を支えることに。
その後、20余年の歳月を経て、写真家として復帰するのだが、
さまざまな出会いが人生の転機を良いほうに後押ししてくれる。
「苦労は顔に出さないほうが賢いですね・・・・・・・わたくしがぎりぎりのとき、
まわりの人が道を開いてくれることが何度もありました。その人運のよさは、きっと明るくしていたからだと思います。
人も運も明るいところに集まるのではないでしょうか」
この言葉には説得力がある。
わたしが好きな言葉は「誰かの真似をするのでなく、自分の感動を、自分の感性と目線で、素直に撮ろうと思いました。」
どの人もその人だけの人生を生きているのだから、そこから生れるものだけが人を感動させるのだろう。
母とはまったく違う生き方と思ったが、この本を通して、
生き方のかたちは違っても、母も大正、昭和、平成という激動の時代を自分なりに
せいいっぱい生き抜いたのだと、感じることができた。
この本の著者と母からエールをもらった気持ちになった。