久しぶりに特別支援学校のカフェに行く

風邪がなかなか直らず、また水害後の生活を立て直すもろもろの用事があり、半月以上足が遠のいていた。近くにある特別支援学校のカフェに今日は足を運んだ。

 いつものようにハーブティーを注文し、顔なじみの知人と談笑を楽しんだが、水害前となんとなく違うような気がした。多分、この感覚はまわりが変わったのでなく、わたしが変わったためのものだろう。

 校内の売店で収穫したての葉付大根と青梗菜を買って帰った。

 学校に行く前に弟が家に来て、自分の部屋となる8畳間の片付けをしている。父の古い背広や年賀はがきなどだ。20センチ以上ある厚みの年賀状の束をわたしに見せて、弟がこれどうしようかと聞いたので、捨てていいんじゃないと答えたが考え直し、目を通してからわたしが捨てると受け取った。

 

 朝、妙な符号を感じさせることが起こった。桜や楓、銀杏の紅葉した落葉が流れる川がきれいなので散歩しているとき、増水によって水かきを傷つけた軽鴨のことを思い出した。何日かは昼間も川岸に横たわっていることもあった。その後、元気になって安心したがいつのまにか姿を見せなくなった。その軽鴨がなつかしく、恋しいとさえ思えた。

 この思いを持ったまま家に帰り、何の気なしに納戸を開けると父が野球放送を聞いていた古いラジオが目に入った。捨てていいものかもと思ったが念のため、コンセントにつなぐと思いのほか、きれいな音が聞こえた。まだ使えるのかと思いつつ、耳を傾けると、ある短歌を詠んでいる。昔の女性がいろいろ面倒ごとの多いこの世をはかなんで森に棲む鳥になりたいとか。そんな歌だ。今のわたしの気持ちにどことなく似ている。わたしは軽鴨になりたいとは思わないが、自然の生き物にこの世から逃避する心を反映しているところが似ている。

 そのままラジオを聞いていると、折口信夫の小説『死者の書』の朗読と、ある大学教授による解説が続き、その内容に魅かれた。解説はかなり難解で一回聞いたくらいですべてを理解するのは無理だが、その難しさがまた魅力でもある。

 インターネットの青空文庫で読めるので、こんど読んでみることに。

 

 午後は庭に出て、チューリップの球根を14個、黄色のビオラをひとつ植えた。はびこり過ぎた宿根草を抜いたり、地上部が枯れた宿根草の葉や茎を切ってすっきりとさせた。あと、白いムスカリの球根を8つ植えこんだ。以前、一回植えたことがあるが増えずにいつの間にかなくなってしまったので再トライである。

 

浸水後ふた月を経て気づきたり庭に棲む銅色の小鳥の不在を

 

  上の歌は紅梅を植えた畳1畳ほどの花壇に飾っていた銅色の小鳥の置物を詠んだ。近くの雑貨屋さんで買ってきて、14年前からずっとここにいたのだが、今回の浸水で流されてしまったようだ。二か月たって気がついたのも少なからずショックである。こんなに長い間、ともにこの庭にいたのに。

 

捨てようと思ひたる服着て水害の後始末せりわれは捨てぬに