午前中は犬に会い、午後は武蔵小杉の歌会

 朝6時40分頃家を出て、古墳のある公園で犬友だちや白い保護犬と交流した。ひと月近く公園だけでなくかなり広範囲を放浪していた白い犬は今は保護され白ちゃんと呼ばれている。保護した愛犬家の女性と白ちゃんをわが家に案内するために公園で合流したが家にたどりつくまでかなりの時間を要した。犬と散歩中の知り合いや白ちゃんに興味を示す方たちすべてとコミュニケーションしながら、家の方向に向かったので。
 愛犬かの女性は白ちゃんに全身全霊で打ち込んでいるようで、新しい飼い主に対する要求はかなり高いと感じた。わたしはこの人の思いには応えられるだろうかという不安を感じた。犬と人の関係も縁というものが大事と思っている。縁がなければ縁のある人に白ちゃんの幸せを託そうと思った。
 白ちゃんは思ったより小柄だったが体重は10,4キログラムある。わが家の老犬ももこも同じくらいの体重だがもっと骨格が大きかった。ももこは本当はもっと体重があってよかったのだと思った。手厚く保護され、新しい飼い主の候補は何人もいて幸せを約束されているような白ちゃんと、わがももこを比べてももこが不憫に思えた。ももこは新しい飼い主探しが難航し、わが家にたどりついたのであるから。今日はひとりのときは涙した。涙腺がゆるんで仕方ない日だった。
 結局公園と家を2往復した。公園に行き合流し、家まで案内し帰りは公園まで送った。白ちゃんへのわたしのささやかなエールと愛情がなしたことだ。
 午前中はかなり忙しかったがいつものように近くの特別支援学校に行き、校内で収穫した野菜を買い、校内のカフェで知人や友だちと取りとめない会話をした。
 急ぎ家に戻り、歌会にでかけた。
 歌会では前もって送ってあるひとり2首の歌をみんなで講評しあう。歌会の前にひとり5首いいと思う歌を選び、歌の番号を当日会の司会者に渡す。わたしの歌は1首が参加者のひとりから選歌されたがもう1首は先生だけが選歌してくださった。その1首を先生は最高のほめ言葉でほめてくれた。このような歌を20首詠んだら死んでもいいと。
 藤の花を詠んだ歌である。老犬レオや老犬ももこと散歩した道沿いの家に咲く藤で、この花にさまざまな思いを重ねてきた。この春は犬友だちが突然の病になり、また違う思いがこの花に重なった。いままで眺めるだけで藤の花房に手をふれることなかったが、今年は思わず咲き初めの花房を掌で受けてみた。思いがけず軽く身体を驚きは走った。こういう内容を詠った。
 藤の花は咲き始めと咲き進んでからとまったく花の印象が違うような気がした。この印象を持ったのは今年がはじめて。いっしょにいた犬友だちのひとことで気がついたのである。

 歌会に出した歌はアップロードせずに今日詠んだ歌を少し

 藤の花咲く散歩道老ゆる犬歩けぬ春はひとり行きたり

 ばらばらになれるこころ床上に砕け散りたる硝子のさまに

 わが犬の幸と不幸を他の犬と比べるおろかさありわれには

種から蒔いて育てたニゲラ
つぼみがふくらみ始めそろそろ花が咲きそう

名前のわからないオールドローズが咲いた