緑色の屋根の教会

 11月最初の土曜日は、雲が空をおおい、肌寒い天気だった。朝起きて庭に出ると初冬の空気を感じた。せかされるように二つの大きなプランターの土をスコップで掘り返した。冬春用にパンジーなどの花苗や球根を植え付ける準備である。土の中で冬越しのため眠っているカナブンの幼虫がいくつも出てきた。可哀そうだが、つぶしたり、排水溝に投げ捨て板た。植物の根を食害するから。幼虫を取り除いたプランターに自家製の腐葉土と粒状の化成肥料を混ぜ込んだ。
 朝目覚める前に母が出てくる夢を見た。最近。柴犬レオの夢はあまり見なくなり、母がよく夢に出てくる。昨夜はこんな夢だった。わたしは夢の中で家にいる。顔は見えないが誰か友だちもいっしょにいて、その人に「母が帰って来ない」と言う。窓から外を眺めると隣のマンションの窓が大きく開いていて、部屋の中がよく見える。その隣の家の部屋になぜか母がにこやかな笑顔でやって来て、ソファに座る。わたしはその母の様子を見て、隣にいるなら家に帰ってくるにちがいないと思い、待っていると母が家に帰ってきて目が覚めた。
 夢の続きが現実になって、なんとなく母が家にいるような気になった。昼食のとき、炊き立てのご飯とトン汁をお供えしたのはそんな気持ちがあったからだ。
 朝早めにプランターの土を掘り起こした後はほとんど一日中、何度も行った東京タワー近くの教会の絵を描いた。絵に「緑色の屋根の教会」というタイトルをつけた。
 昨日、第3回東京の近代建築スケッチ公募展に応募した。「明治以降から昭和30年代までに建てられた東京にある近代建築スケッチ」〈応募用紙より引用)を募集している。審査がなくて誰でも応募できるため、昨年初めて応募して、建物の絵を初めて描いて出品した。
 昨年の日記を見ると、「我ながらよく描けた」と自画自賛しているのがこそばゆく、またおもしろい。今見ると欠点だらけでひどい絵だが、絵を描くことで柴犬レオを失った痛手から少しでも立ち直ろうとした気持ちの動きが伝わってくるようで、わたしにとっては大切な絵だ。
 2回目の参加となる今回は、教会か近くの駅舎の絵を出品しようと思っている。今回も自信作とは言えないが、あれこれ試行錯誤して描いたことは大切な何かをわたしの中に残した。



今日描いた絵
できればあと数枚描いてみたいが・・・・・・・・・


こちらは昨日描いた