老犬ももこがいないことが信じられない気持ち

 8月26日にももこが他界して葬儀をすませ、お骨はももこが夜眠っていた和室に安置している。わたしのかたわらで息を引き取り、手のひらで最後の心臓の鼓動を感じ取った。何度もももこを呼んだが、息を吹き返すことはなかった。
 こういう現実をわたしは受け止めてきたはずなのに、どこかでももこがいないことを信じられない気持ちがある。ももこがいたときと同じような時間に目が覚め、同じように一日を始めているのだがときおり、ええッ!ももこはいないのだとあらためて思う。もうわたしのそばにはいなくて、これがずっと続くということから目を逸らそうとする。目を逸らすことができないときは泣いてしまう。

雨粒ふくむ曇天よ愛犬を亡くしし悲しみ重たからむ
病いとの闘い終えし老犬にこころで声かけ一日を始む
愛犬の名呼んだけれどわたしを見し優しき目どこにもなし
食べおさめの冷やし中華茹でたり愛犬がいた夏惜しみつつ

 家の中にいると落ち着かない気持ちになり、本を読んでいても腰を落ち着けることができない。部屋から部屋へ歩いて身の置き所を探すがどこにもないように思う。友だちに電話をして、ご自宅を訪ねた。お昼ごはんをごちそうになり、お昼前から午後にかけて4時間ほどあれこれ話した。話しながらときおり自分の家のことが気になる。ももこはいないのだがわたしがいないと寂しく思っているのではないかとどこかで思う。帰っても、ももこが待っているはずはないのだが家に帰ろうという気持ちになり、実際に帰ってみるとがらんとした部屋がいっそう寂しく感じる。
 外から家に帰ってくるときがいちばん寂しいかも。ももこがいないことをその都度思い知るのだから。
 夕方、ももこの友だち犬の飼い主さんがお線香をあげに来てくれた。ももこの遺骨の前でお線香をくゆらしながらももこのことを話した。その方の亡くなったお兄さんやご両親のことも話した。
 さらにその友だちが毎日訪れて見守っている親戚の家(わが家の近所)までいっしょに行き、お宅に上がってここでも話した。親戚の方がこどものとき、B29の爆撃にあった話だ。幸い家族は全員無事だったが家は焼け、命からがら大田区蒲田から池上本門寺まで逃げて来たこと。一面焼け野原になり、大森の海が眺められたこと。トタン屋根が焼けてはがれ、爆風で飛び交い、逃げ惑ったこと。その方のお姉さんが炊き立てのご飯が入ったお釜を庭に埋めてから逃げたこと。
 蒲田は工業地帯だったので爆撃を受けたのだが、この話は初めて聞いたので話が聞けてよかったと思った。戦争を体験した世代がだんだん少なくなる。父母にもっと聞いておけばよかったと今になると思うがもうこの世の人ではないし、こういう機会があればこれからも話を聞いてみたい。