一日遅れの月命日

 昨日が母親の月命日で、数日前から墓参に行こうと思っていたが、当日すっかり忘れ、気がついたときは夕方だった。
 そこで、きれいな青空がひろがる今日、一日遅れの墓参に行った。三回忌と七回忌の法要のとき供えた花がまだ残っていると思い、お花は少なめに持って行ったがほとんど枯れていた。花入れに水が一滴も残っていなかった。
 ピンク色のカンパニュラと、家のツツジ、白いミヤコワスレを供えた。抜けるような青空のもと、公孫樹の古木の新芽がきらきら光っている。鶯が張りのある声でホ―ホケキョと鳴いている。ときどき、ケキョケキョと連発する。まだ桜が咲く前に、これより未熟な(?)鶯の声なら聞いたことあるがこれほど見事な声は今年初めて、というより、今まで聞いた中でもベストワンといえるだろう。
 裏門脇には満開の八重桜が2本。ソメイヨシノが終わった寂しさを埋めるかのように華やかな咲きぶりだ。
 午前中買いものに行った商店街の肉屋で気分が悪くなることがあり、店主ととげとげしい言葉のやりとりをした。悔しい思い、悲しい思い・・・・心の中の屈託を花や鶯の声、きらきら光る若芽、抜けるような青空がすべて流し去った、ときれいごとは言えないが、自然は傷んだ心に時にやさしい。
 これも生活の、人生の一コマ。

 今日の老犬レオは調子が悪い。昨夜は1時ころまで起きていたが、眠りにつく時間が少し遅くなっただけという感じ。ただ、朝起きた時、横に眠るレオがいつもより激しい歯ぎしりをして、わたしは顎を上に向け、なでた。少し落ち着いた頃、おしっこをするかもしれないと気づき、抱いてレオの部屋に連れて行った。案の定、すぐおしっこをしたが、からだをまっすぐにできず倒れて、自分のおしっこで濡らす始末。レオのからだを乾いたタオルで拭きとり、床をきれいにした後、さらにあたたかいタオルでレオを拭いているとそのまま眠りそうに。抱いて、わたしの部屋(ここはレオの部屋でもある)に行き、布団に寝かせた。
 そのまま11時ころまで眠っていたようだ。レオが寝ている間、花屋さんに墓参用の花を買いに行き、帰ってきたら起きていて、畳の上におしっこをしていた。これが11時ころで、レオを抱いて外に出したがいつもと様子が違い、ブロック塀沿いに歩いても調子が悪そうに見えた。ブラッシングをして家に戻ると、また眠ってしまい、次に起きたのが4時過ぎで、ここで今日はじめての食事をした。
 うすめた牛乳や水は起きているときになんどもやったが、あまり飲まなかった。調子の悪い時は水をあまり飲まなくなる。というより起きても半分眠っているような状態なので、水を飲まないのかもしれない。

11時ころ起きた時のレオ
これから起き上がり、ブロック塀沿いに歩こうというところ


レオの上、ブロック塀沿いに植えた
久留米ツツジが咲き始めた



柿の木の若葉がきれいだった