日中は気温が上がって、庭の桜も花数が多くなってきた。
燃えるゴミを出す日なので、地面に落ちた乙女椿の花を拾ってゴミ袋に入れ、梅の花の赤いしべが落ちたのを箒で掃き寄せてゴミ袋に入れた。こうして庭の掃除をすると、季節の移ろいが直に感じられる。花が咲き、花が終わり、花びらが落ち、次にしべが落ちる。
乙女椿の落花はまだ序の口で、これから地面が桃色に染まるまで落ち続けるだろう。桃色に咲いて、落ちた後も地面を桃色に染める、乙女椿。
ゴミ出しを終えて朝食を食べ、ラインのやり取りをサラッとして、部屋の掃除をした。堀炬燵の中まで掃除機をかけた。昨年あたりから掃除をまめにするようになった。以前は1週間に一度、掃除機をかければいいほうだった。もっと長い間、掃除機をかけないこともあった。水害に見舞われ、畳やフローリングを新しくしたのできれいになり、掃除をまめにしたくなったのかもしれない。
新しい畳、フローリングは柴犬レオや老犬ももこがいた頃とは違うが、わたしのこころのなかでは彼らはずっといっしょにここにいる。
掃除機をかけながら洗濯機を回していたので、途中洗濯物を干した。干したものを竿の端まで移動させるため庭に出たが、庭の小草が目立ったのでそのまま草むしりをはじめた。まだ草が小さいうちに抜いたほうが楽である。春になったので抜かれる草の身になればかわいそうだが。
ちょこっと草むしりをするつもりがかなり広い範囲をすることになり、掃除が中断されたが時間はたっぷりあるので気にしない。
抜いた草はそのまま庭の隅に放置して家に入り、掃除の続きをした。
桜の花が咲くころは精神的に不安定になるのだろうか。子供の頃のことを思い出して涙を流したり、会いたい人や犬がこの世にいないことを考えて泣いたり・・・・・・・われながら変な気分におちいった一日だった。
一昨年の夏から秋にかけて、とりたててわけもなく涙が流れることが続いたことがあり、後になってあれは適応障害の症状だったのではないかと思ったことがある。
今日の涙はどうだろうか。これが続くようだとまた適応障害になるが様子をみよう。