生け花教室で雲竜やなぎと花を活ける

 晴れて陽射しはあたたかいが風が冷たい。春が足踏みしているような日々が続く。
 今日は月に2回通っている生け花教室。前回の教室は風邪をひいて休んだので、ほぼひと月ぶり。今回の花は曲がりくねっている雲竜柳の枝2本と、濃いピンク色のカーネーション3本、紫色のスターチス2本。雲竜柳の曲線的な枝を生かして、どのように生けるか。比較的真っすぐな枝を真に据え、左右にうねった枝を配した。自分で活けた花を先生が手直ししてくださった。雲竜柳の枝を囲むように生けたので、1本抜いて後方に流して抜け感を出た。さらにカーネーションスターチスの配置を少し変えただけで、形が決まった。


昨夜は深夜2時過ぎに目を覚ましてしまい、すぐ眠れると思ったらなかなか寝付けなかった、雨戸が風でがたがたする音が気になったので、雨戸を開けてみた。梅の木の枝の向こうに月が出ていた。柴犬レオがいた頃、特に最後の方になってからよく見た月だ。二十五夜くらいだろうか。雨戸をぜんぶ開けて閉め直したら、さきほどの音が消えて、ほどなく眠りについた。
 朝になり、その時見た月を思い出し、雨戸の音を思い出した。あれはレオが雨戸を開けてみて、とわたしに伝えたかったのではないだろうか。月を見て僕のことを思い出して、と。
 午前中、犬友だちから電話があり、柴犬の老犬(12歳)が行き場所がなくて困っている、このままだと保健所で殺処分されると話し、メールで写真を送ってきた。柴犬の雑種で人なつっこい顔をした、気立ての良さそうな子だ。レオの晩年の顔つきにも似ていて、目頭が熱くなった、年老いて行き場所がないとは、どんなに心細いだろう。引き取りたい気持ちはあるが、老犬の最期を看取るのは気持ちの上で辛い。衰えていくわんこと共に過ごす時間を思うとためらう気持ちと引き取りたい気持ちの間で板挟みになる。老犬に安心して余生を過ごしてほしい気持ちは強いのだが。