半夏生の咲く季節

 

昨日撮った写真だがこれだけ見ると昨年撮った写真とあまり変わりがない


手前のピンボケのピンク色はフランネルソウ
今年は川沿いにこの花が加わった

昨年6月15日に他界した柴犬レオとよく行った近くの川沿いに、半夏生の花が咲き始めた。
 6月に入り、レオがまだ家にいた頃、衰え激しく、口を半開きにして苦しそうに横になっていた。梅雨は始まっていなかったが湿度は異常に高く、レオが昼間横になっている庭に面した部屋へ廊下から通じるドアが軋んで変な音を立てたのを憶えている。湿気で木のドアや柱などが膨張してスムーズに閉まらなくなったのである。
 昨年は半夏生の葉が白く化粧したのは、レオが亡くなる数日ほど前からだった。携帯で写真を撮ったのを憶えている。今年はそれより早く、一昨日あたりに葉っぱが白くなり、白い花が咲いているのを見た。緑一色の葉が白く色づくのは、花が咲くとき。白色でイヌタデの花のような目立たない花を飾りたてるように、葉の一部が白く変わり、さあ花が咲いたよと知らせるのである。
 昨日の金曜に葉っぱが白くなった半夏生の写真を撮ったのだが、今日、おもしろいことに気づいた。川の中でもいつもレオといっしょに見ていたあたりだけの半夏生が色づいていて、そこから10mほどしか離れていない下流ではまだ緑一色なのである。多分、下流半夏生は昨年と同じペースなのだろう。早く色づいた葉を見て、レオがいた昨年を思い出した。昨年は半夏生の絵を描こうと思ったが果たせなかったことも。
 雨が降る中、車で図書館に行き、予約した本を5冊ほど受け取った。藤原新也氏の本4冊と、岡野弘彦氏の歌集である。写真集『俗界富士』を見た後、『なにも願わない手を合わせる』〈藤原新也著)を読み始めた。読書の合間に、昨日折れた枝から収穫した青梅を漬け込んだ。4キログラムあまりの梅で、梅酒二瓶、梅シロップ一瓶を作った。


今日漬け込んだ梅酒と梅シロップ


 昨年レオが他界した後,書き記したブログを読まれた方からコメントをいただいた。その方の愛犬が亡くなられた。心身の衰えが激しい老犬にとって、暑くなり始めるこの季節は堪えたことだろう。家族の方たちに見守られた最期でした。どうか安らかに。

 コメントを読ませていただき、わたしもレオのことを思い出し、涙を流しました。言葉を話せない愛する犬の苦しそうな様はいつまでも心に沁みついて離れません。あの日から、少しづつですが波立ち荒れ狂う心を時間をかけてなだめてきました。何もなかったような静かな海に戻ったように思えても、あの時の思いは底に沈んでいるだけで、元に戻ることはないでしょうが、戻ることも望んでいませんが、レオがいないこの世を生きています。