小雨降る日曜日

 一日中雨が降っていたらしい。目が悪くなったのか小雨がよく見えなくて、雨模様の曇天かと朝方は思っていた。午後、瞳を凝らしてみてみると細かい雨が降っていた。小糠雨というのだろうか。
 一日中、炬燵の前に根が生えたように過ごした。仏壇に供えた花の水替え、食事の用意、トイレ、めだかの餌やりなどの時は席を立ったが。
 珍しく先月末に借りた短歌集を一冊読み切った。栗木京子さんの『水仙の章』という歌集。いままで図書館で借りた短歌集は全部読んだものは一冊もなかったが、この歌集は2009年秋から2013年初春までの3年半に詠んだ作品を収めてあり、わたし自身の歩みと重ねながら読むことができた。父がまだ家にいた頃から、病院に半年入院した後、家に帰り療養し2か月もたたないうちに家で他界し、柴犬レオとの2人きりの生活がはじまり、1年ほどが過ぎた頃までの時間の流れだ。そのあと、半年あまりでレオも他界したが、歌集は2013年1月に詠んだ歌で終わっていて、レオとの生活を思い出す縁(よすが)ともなった。
 歌集には東日本大震災で帰宅難民になった経験や、大震災や福島原発事故の被災者の方への気持ち、その前のニュージーランドでの大地震などとともに、施設で暮らす作者の母上とのやりとりなどもテーマになっている。わたしにとっても過ぎ越し時を振り返り、震災で受けた衝撃を思い起こし、復興が進まない現実を考えるきっかけもいただいた。 
 こういう歌で終わっている。「タチバナの葉裏に冬をしのぎ来し揚羽蝶なり日を受けて飛ぶ」厳しい寒さの向こうに新しい季節が待っていることを伝える、素敵な歌だと思う。わたしにとってはその向こうにレオとの別れがあったのだが。
 

白梅のつぼみほころぶ雨の朝ロシア軍事介入の記事
レオの骨こたつの前に座らせて雨の日曜は静かに過ぎゆく
音もなく日がな降る雨、庭木には慈雨となりたり春近ければ
雨が降る3月1日沈丁花のつぼみほころびうすく薫る



少し前に鉛筆でスケッチし、今日水彩色鉛筆で彩色した
桃の木の下で咲く白いクロッカスの絵