レオの思い出胸に、足を伸ばす

 柴犬レオが亡くなり、1週間ほどたってからはほとんど毎朝、散歩にでかけている。なにしろ、朝起きるのが早くなった。4時くらいには目が覚めることが多い。明るくなり始めた外の様子を見ると、家にじっとしていられなくなる。 
 レオがいたとき、この時間は・・・と考え出すといたたまれなくなる。身の置き所がなくなる。泣くよりももっと苦しい気持ちになる。で、歩く。
 今日は朝5時ころ家を出て、多摩川台公園の方に向かったが、いままでより足を伸ばした。公園の端の方まで歩き、さらに高台にある浅間神社まで行った。
 公園の端といったが、こちらから来る人にとっては、いつもわたしが行っている方が端になる。どちらの方向から公園に入るかの違いだ。
 水性植物が植えられた一角やその先の紫陽花園はレオと何度も来たところ。在りし日のレオが目に浮かんでくる。あのときはレオといることが当たり前で、このような日がいつまでも続くと思っていた。レオ若かりし頃。縄文・弥生時代の古墳群をそのまま生かした段差のある公園を足取り軽くレオは飛び歩いていた。犬は老いるのが早い。光陰矢のごとしというが、犬の場合、このことばが真に迫ってくる。ただ、人間は犬より老いるのが遅いとはいっても、大きな目で見ると同じようなものかもしれない。
 多摩川を見下ろす位置に建っている浅間神社はレオと行ったことがないが、今日はここまで来た。バッグにはレオの写真が入っていて、心の中のレオにここには来たことがなかったね。今日はじめてだねと話しかけた。神社は改築中で、工事用のシートで四分の3ほどおおわれいたが、お参りはできた。
 本殿に向かって左手にある広いテラス状の見晴らし台に行くと、多摩川や丸子橋、その向こうに武蔵小杉のビル群が眺望できる。右側に目を向けると、レオとよく散歩に行った河原が遠くに見えた。元気な時のレオの行動範囲もそんなに広くなかったように思えた。あるていど決まった範囲内での散歩だった。最大に見積もっても直径で8〜10キロくらいのエリア。時々、車で少し遠くまで行ったていど。
 レオの一生。なるべくいろいろな体験をさせたいと思い、犬と入ることができるレストランなどにもよく行ったが、そんなに変化のある毎日ではなかったな。でもレオはわたしといつもの散歩コースでも行くことを楽しんでいただろうな。もっと違う所に行きたいなどと思わなかっただろうな。
 レオの一生がはかなく思えてきて、涙が出てきた。
今日はよく泣いた一日だった。パソコンに保存した画像を見て泣き、庭に出て、レオの姿がない廊下を見て泣いた。
 ただ、友だち二人から電話があり、ゆっくり話せたので気が紛れ、気持ちの切り替えができたのはよかった。


こんな短歌を詠んでみた。

「ガラス戸に顔押し付けて眠る犬いま亡き姿に涙あふるる」
「廊下にて眠る老犬眺めつつやる庭仕事も過去となりけり」
「老犬の在りし日の姿目に浮かび部屋の外からガラス戸なでる」



多摩川台公園ヤマユリが咲いていた

ウォーターカンナ

丸子橋と多摩川



2010年7月14日のレオ
父が退院し、3日だけ家にいた後再入院、
父のいないベッドの脇で、緊張した表情をしている
お盆の最中で盆棚がある



こちらも2010年7月のレオの写真