洗濯ものを干したら雨が降り始めて

 午前中は日が射していた。近くのコンビニに行く途中、お寺に寄りお線香をあげ、帰りに買い物をした。天気が崩れるのはなんとなく知っていたがいつから雨が降るのかわからず洗濯機を回して洗濯ものを干して1時間もしないうちに雨が降り始めた。 
 昨日が洗濯日和だったが外出したので時間がなくできなかった。仕方ないと思うことに。
 最近、目黒区の八雲中央図書館に車でよく行くがそこで借りてきたのが塚本邦雄著『茂吉秀歌 赤光100首』。斉藤茂吉の短歌を読んだのは河出書房の「日本文学全集」を家の本箱で見つけたから。わたしが高校生のとき親が全29巻ある全集を毎月とってくれた。監修はtに谷崎潤一郎武者小路実篤志賀直哉川端康成という豪華な顔ぶれだ。この全集を半世紀ぶりくらいに見たのは伊勢物語が全集の中に入っていないかと思ったからだ。来年2月、伊勢物語の講座を受けることになったので予習をしておこうと思った。
 伊勢物語はなかった。土佐日記蜻蛉日記枕草子はあったのだが。他の全集に興味を持って見ているうちに「現代詩歌集 29」を見つけ、そのなかに斉藤茂吉の「赤光」があったので読んだ。この全集の「赤光」は茂吉が処女歌集として出した逆年代順で歌を収めたものでなく、後年、茂吉が手を加え年代順に並べた「赤光」で、だいたいの歌人は処女歌集のほうがいいと言っている。
 塚本邦雄ももちろん逆年代順に並べた「赤光」をよしとして、こちらの歌を解釈している。歌の並べ方だけでなく、歌の取捨選択をしているようでわたしが読んだ「赤光」には載っていない歌もある。
 塚本邦雄の文章は初めて本格的に読むが、すごいの一言。なにがすごいのかを表すにはこちらの表現力が足りないがいつか言い表せるようになろう。好きか嫌いかというと好きなほうだがすごく好きというわけではない。

 降ったり止んだりの天気で家にこもっていると柴犬レオがいた頃のことがよみがえってきてレオがたまらなく恋しくなった。あまり歩かないレオを連れて商店街を行ったり来たりしているとき、姪のこどもがどこかの大人に一方的にしつこく責められている場面に出くわした。姪のこどもがその大人のこどもをいじめていると責めている。あまりにもその言葉が乱暴でしつこいのでわたしは思わず間に入ったら、その大人は「鼻毛が出ているババア」とあの国会議員も顔負けの暴言を放ち、しつこく言い募ってきた。その友だちが「もうやめなよ」と制してもきかないが何度か止めに入るとやっとおさまった。
 この様子をその大人のこどもが自分の母親に話し、その母親が後日、菓子折りを持って謝罪に来た。わたしは怒りというより不快で不快でたまらず謝罪を受けたくないと拒絶した。母親はその男〈夫で父親)が自分のこどもが大好きで、自分のこどもがいじめられていると思いこみ自分を抑えられなくなると言った。うんざりするような話だが最後までわたしは拒絶できなかった。そののこどもと姪のこどもはあんなことがあっても仲が良いようであの日からもずっと家に遊びに来ていたし、母親のおだやかな謝罪にしぶしぶこころを押さえて謝罪を受け入れた。それからも不快感は続いたがもう6年以上前なのですっかり忘れていた。それが何故か今日思い出し、不快感もよみがえってきたがそれよりあの時レオがいたと思うとなつかしくてたまらない。あの大人にはあれから会っていないが、母親が自転車に乗る姿を見かけあいさつをかわすし、こどもはずっと家に遊びに来ていた。最近、中学受験があるのかあまり見かけないが。
 あの嫌な出来事のとき、レオはわたしのそばにいて、わたしを守ってくれた。そばにいるだけでじゅうぶんという存在がレオだったから。


わがために鳴くと思へるこほろぎは雨滴にぬれる庭木にひそむ

 声あげてわれのためなくこほろぎの「り」の音高く清らかなり

 にわたずみに落つる柿の実ほんのりと色づきたれば無念の姿

 わずかなる柿の実色づきこの秋のさびしさここにもあると思ふ
  
 

種まきをして2日後に発芽した矢車草
子葉のなかから本葉が出てきた
ピンク色のポット鉢にはピンク色の矢車草を
青色には青紫色の矢車草を蒔いた 

矢車草と同じ日〈9月8日)に種をまいたのに
昨日になってやっと発芽したニゲラ
種まきから2週間くらい発芽までかかった
こちらのほうがふつうかもしれない