蒲田で開かれる歌会へ

 小雨が降ったり止んだりの一日、午後から蒲田で歌会が開かれた。

 少し早めに出かけ、バスで最寄り駅のひとつへ。バス停を終点の一つ手前で降り、小高い公園にある紫陽花園を通って駅に行った。

 歌会は16名の参加者と先生ひとりで行われた。みなさんの歌はなかなかいいものがあって、意見や感想もさまざまに語られ、充実した歌会になった。

 わたしが出した短歌は、いちばん肝となる結句の表現がふたつの相反する気持ち、どちらとも取るころができると言われた。

 どちらともとれる、というのはわたしのなかに相反する気持ちがあるからかもしれないなと思った。どちらも正しく、どちらか一方では正しくないという。

 短歌の結句に使った「余白が鳴りだす」という表現は無理があると先生は言われた。わたしもこれがベストとは思わないが、相反する気持ちを表すにはこのような表現にならざるを得ないとも思う。

 先生は添削された歌はきちんと意味が通り、きれいな歌に仕上がっているがわたしの気持ちとはどこか違うように思った。

 

歌会を終え、別の歌会でもいっしょに仲間と駅前の喫茶店に入った。2時間あまりいろいろ話した。だが仲間は喫茶店を出て、改札まで送ってくれ、そこでいちばん大事な話をした。もっと早く話してくれればよかったのに、と思った。

 前にもこういうことがあった。すぐに会いに行けない距離のところに住む友だちと長電話を3時間以上した最後に、重要な話が出てショックを受けたことがある。多分、長い話の間に話そうかよそうか迷いもあって、やはり言ってしまおうとなり、電話が長くなったのではないかと思うが、別れ際、電話の最後の方に大切なことを言うというのは人間の心理として仕方ないというか、自然というか、、、。