久しぶりに多摩川の河原を散歩する

 新しい1週間のはじまり。月曜日はわたしの好きな曜日。なぜかというと土日以外でゴミを出さないでいい平日だから。

 燃えるゴミ、資源ゴミ、燃えないゴミ・・・・・そんなに負担ではないと思うのだが、ゴミを出さずにすむ日はすごくほっとする。やはり、負担なのかも。

 父母と一緒に暮らしていた時はとくにそうだった。土日以外にゴミを出さずにすむ日が一日だけあって、とても楽に感じた。開放されたような。

 今日はいつもとやや違う一日を過ごした。たいしたことではないのだが、いつもは朝、自室(寝室)から居間に移動して、家にいる時は夜ねむるまでほとんど居間にいる。今日は朝食、昼食、夕食は居間で食べたが食後は自室で過ごした。パソコンも自室に置き、ここでワードに詠んだ短歌を入力した。昼寝もこの部屋でした。 

 一階に4室ある部屋のなかでいちばん狭い部屋だが、角部屋で障子から入る明かりがやわらかく落ち着く部屋である。父母のいるときは家にいる時はほとんどこの部屋にいた。居間には食事の時だけだ。今日はその時に戻った感じだ。

 午後、昼寝をして目覚めてから(夕方近くになっていた)、外に行った。近所に訪ねたい人がいてその家に行ったが留守だったので、そのまま散歩をした。

 久しぶりに多摩川の河原に足を伸ばした。玉堤道路という土手の道路を越えて河原に行く。ヒガンバナは終わり、色どりが少ない河原だが秋の気配はただよう。暑くもなく寒くもなく、散歩にちょうど良い季節だ

 柴犬レオとどれだけの時間をこの河原で過ごしただろう。毎日のように河原を散歩したので、たまには飽きるという感覚もあった。今思えばなんと贅沢なことだったか!もういちどレオとあの時間が過ごせるなら、わたしは命と引き換えでもいいと思うだろうか。いや、命と引き換えでもあの時間は戻って来ない。

 多摩川の散歩から家に帰り、またすぐ外に出た。こんどは上流の方向へ。等々力不動尊の近くまで歩き、帰りはバスに乗った。