昨日は彼岸の入り。早めにお墓参りに行きたかったが行かなかった。
昨日は朝遅めに起きたので、日中が短く感じられた。カワラナデシコの種まき、紫陽花の枯れた枝を伐った。千日紅を駐車場の後ろの花壇に植え、草むしりもした。
今日はいつもと同じように五時過ぎに目が覚め、NHK短歌・俳句を見た。
朝食の後は多摩川台公園へ散歩。横に長い公園の左端にある遊具のある広場に上り、四人掛けのテーブルと椅子にゆったりと座った。スマホのラインで自分に短歌を5~6首送った。
さらに公園の右端にある紫陽花園の近くまで歩き、高台から多摩川にかけられた三つの橋を眺めた。いちばん手前が東急線が渡る橋、次が車と人が通る明るい青色のきれいな橋、一番奥が新幹線が走る橋だ。
浜松の友だちが新幹線に乗って年に4回東京に来ていたことを知り、橋を渡る新幹線を見る眼が少し変わった。
最近、訳もなく涙が出ることがある。橋をスピードを緩めて渡る新幹線を見ながら泣けてきた。
家に帰り、気になっていた庭木を植え木鋏で大胆に切った。こころのなかのうっぷんを晴らすように思いきって。こうして大胆に切ることなど他にはできそうもないから。
切ったのは父がさし芽で増やした椿とクチナシのまだ小さめの木。父が残した万年青〈おもと)の鉢も整理した。
グミの木の徒長した枝を伐り、2本ある姫リンゴのうち1本の枝を伐り、ライラックの細い枝も伐り、金柑の枝も伐った。金柑は枝に小さな白いつぼみがついていたがこれも切った。わたしの怒りの対象のように庭樹は枝を伐られた。ごめんね。君たちのせいではないのだが・・・・・・・。
昼食後は父母が眠る近くの菩提寺に墓参にでかけた。春と秋のお彼岸と、お盆の時期は寺に供華が用意してあり買えるので助かる。
少し前にお供えしたわが家の百日草がまだ元気だったので、花束に加えて手向けた。オレンジ色と黄色の大輪の百日草が映えて見事な供華となった。
家に帰り、また涙が出てきた。インターネットによるとわけもなく涙が出るのは、うつ病の可能性があるので要注意とある。うつ病の疑いがある症状を見ると、まだそこまで深刻ではないが気をつけないといけない。疲れをためないように、自分の気持ちに無理をしないように、自分の気持ちに嘘をつかないように。
休養をたくさんとりたい。何もかも投げ出したい気持ちがちらっと芽生えるが、今はできそうもない。でも休みたい。休もう。たくさんたくさん休もう。