いつもより少し早めに起きた。
NHK短歌を久しぶりに見た。俳句のほうは少しだけ見た。短歌の題詠は「口」で、明治神宮の月次歌会でよく入賞している方が一席に選ばれていた。がんばっていらっしゃるのだなと思い、刺激を受けた。コロナウィルスにかまけて短歌をおろそかにしてはいけない。時間がたっぷりあるこのときこそ、短歌に親しみ、短歌を楽しむチャンスなのだ。
朝の空は雲がひとつもなく、薫風が吹き通る川べりを歩いた。
昨日の風雨で茎が折れた矢車草をプランターから切って、手に持っていた。朝の散歩は目高の餌を手に持っていたり、朝刊を持っていることもあり、庭に出たついでみたいな感じだ。
白鷺がすでに川に来ていて、浅瀬で前足を動かして餌を探している。わたしがこの川で見る白鷺はいつも餌を探している。雨の日も探していた。
川べりを散歩する人やジョギングする人とときどきすれ違う。なるべく離れてすれ違うようにした。特に走っている人は呼気が強く、こわさがあるので近づかないようにした。
それでも晴れた空とほどよい風、陽射しがたっぷりと注ぎ、さわやかな気持ちになった。
短い散歩から家に帰った後は、庭には出たが外には行かなかった。
午前中は4つの部屋を掃除し、廊下とトイレ、台所を掃除した。途中、洗濯ものを干し、休憩をした。洗濯機を3回使って、シーツも洗濯した。
昼食後しばらくたって、太陽が傾き始めた頃、庭に出た。太陽が上にある時間はまぶしくて庭木の剪定ができない。庭にある乙女椿の最後の1本を剪定した。屏風のように仕立ててあり、目隠しとしての役目もある。二階のベランダの手すりの高さくらいまである。上のほうはベランダから切るつもりだが、今日は洗濯ものを干しているので別の日にすることにした。
武蔵小杉の歌会の仲間から電話をいただいた。みなさんの詠草をワードで打ち込み、プリントしたものを送る作業に対して実費が支払われるが、1週間ほど前に詠草と共にわたし宛に送ってくれた。受け取ったことを電話で伝え、お礼を言おうと思っていたがいつの間にか忘れていた。届いたかどうかの確認の電話だったので、こちらから電話をしなかったことを悪かったなと思った。
歌会を再開するのは秋ごろになるかも、と言う話をして、お互いに気をつけましようと言い合い電話を切った。
若き日のひとりの旅の名残りなる使へぬ硬貨引き出しに眠る
桃色の撫子の花1本を手に持ち朝の散歩をしたり