届かなかった残暑見舞い葉書を思い出した

 東京はそんなに暑くならないうちに土用を迎え、大暑も過ぎた。

 今は暑中見舞い葉書を出す時季なのだが、まだそれほど暑くない。

 毎年この時季は梅の土用干しをしているか、早い時はもう干し終えて瓶に保存し終わった後ということもある。

 今年は梅干しの天日干しどころではない。今日は陽射しがかなり出たが、空気が湿っていて、雲が多く、いつ天気が崩れていもおかしくないような空模様。

 外で塩漬けの梅を干しても乾くどころか、湿気を吸いそうだ。

 明日から熱帯低気圧の接近で天気が崩れる可能性もあるとの天気予報なので、東京の梅雨明け、梅の土用干しは先のことだ。

 昨夜はわたしにしては珍しく夜更かしをして(1時頃まで)、7時頃まで眠った。夜中に一度目が覚めたので寝不足だったのかもしれない。

 午後になり身体を横にしたくなり自室の畳にごろんとなるといつの間にか眠った。それほど長い時間ではない。20~30分くらいか。

 目が覚めるとなぜか5年前、千葉県のある病院に入院中の友だちに出した残暑見舞いのことを思い出した。その頃はいつも暑中見舞いか残暑見舞いを友だちに出すことにしていて、その年は残暑見舞いを出した。その友だちは入院中だが、出した葉書やメールにはすぐ返事をくれたのにそのときはなかなか返事がなかった。

 こちらから連絡しようと思っていたが8月の末になり、友だちの親族から電話があり、友だちが亡くなったことを知らされた。わたしの残暑見舞いが病院に届いた日は友だちのお別れ会が東京で開かれた日だった。親族に転送されてきて、わたしに電話をしてくれたのだ。

 友だちに届かなかった残暑見舞い朝顔の絵を描いたと記憶しているが、この世で届かなくてもどこか遠い世にいる友だちに届いたような気がする。友だちはヨガを信奉していて転生を信じていた。今頃はこの世に生まれ変わって、幼稚園に通っている小さな女の子になっているかも。すっかり前世のことは忘れて。

 陽射しがだいぶ弱くなったので庭に出て最後に残った、この庭でいちばん大きな紫陽花の木を剪定した。三分の一くらい切った所で手を休め、植木鉢の水やりをした。生垣のベニカナメに藪がらしが絡まっているのが目に入り、すぐ手でむしり取った。別のつる性の植物も絡まっているので、これも素手でとった。

 すると手の甲や指がチクチク痛くなったので急いで家に戻り、水道水を流して洗い流した。しばらくチクチクした痛みが残った。たぶん。虫か植物の微細な棘が皮膚に刺さったのにちがいない。こういうときは手で掻くとますますかゆくなるので、洗い流したほうがいい。

 手のチクチクで紫陽花の剪定の続きをする気持ちがなくなり、明日にすることに。

 

バスに乗り河原を見れば在りし日の犬と遊べるわれがおりたり

 

顔寄せてタイマーかけてわが犬と撮りし戻れぬ時を見つむ

 

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橙色の百日草が加わった、あと4本ほど咲いていないので花の色がわからない百日草がある

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千日紅が咲き始めた、ここに植えたのは薄いピンク色の花が多い、老犬ももこがいた夏は8月の終わりになってやっと咲き始めた

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今日の夕方近くの空、青空がのぞくが雲が多い